低迷から世界一へ。奇跡の組織変革を語る

数々の感動を届けてくれたパリオリンピック2024。なかでもひときわ輝きを放っていたのが、体操の男子団体競技で獲得した金メダルだ。世界の頂点を極めたこのチームのなかには、名門『徳洲会体操クラブ』に所属する選手が二人いた。世界でも注目され続けてきた同クラブは、これまで多くの五輪選手を育成してきたが、2016年のリオ五輪では出場選手0名を経験するなど低迷。スランプに陥った名門として揶揄される時期もあった。そのクラブを復活させ、2022年と2023年の全日本体操団体選手権男子団体を連覇するまでに導いたのが米田功監督だ。停滞していたクラブを日本一のチームに変革し、2人の金メダリストを育成した米田監督に、今回はお話を伺った。

米田功 Isao Yoneda
2004年アテネ五輪で、体操団体のキャプテンとして日本を世界一へと導く。2013年1月1日から徳洲会体操クラブ3代目の監督として就任。それ以来、技術力のみならず、考え方の指導に力を入れており、2022年には15年ぶりに団体日本一を達成。2023年には連覇を果たし、2024年のパリオリンピックでは団体選手を2名輩出し、金メダル獲得に貢献した。

「考え方」の教育がトップアスリートには必要

青木 まずはおめでとうございます。徳洲会体操クラブに所属する杉野正尭選手と岡慎之助選手の活躍もあり、パリオリンピックの体操男子団体が、金メダルを獲得されました。

米田 ありがとうございます。クラブを応援していただいた皆さまに、感謝の気持ちでいっぱいです。

青木 早いもので、米田監督と当社にご縁ができてから10年近く経ちました。

米田 はい。私が本クラブの監督に就任したのが2013年で、『頂点への道』講座を受講させていただいたのがその翌年。監督に就任したものの自分の力不足を感じ、新たな学びを得たいと切実に考えていた時期でした。そんなときに受講して感銘を受け、チームで協働する仲間とも共通の言葉や価値観でコミュニケーションができるようにしたいと考え、クラブのコーチ陣全員、さらには私の家族にも受講してもらいました。

青木 その後2015年には、当社が教育スポンサーとして徳洲会体操クラブの選手育成に関わらせていただくようになりました。当時はどのような課題を感じられていたのでしょうか。

米田 その頃は所属選手たちの意識にばらつきがありました。そもそも徳洲会体操クラブは、体操競技の強化と一流の人材育成をめざして創部され、オリンピアンも多数輩出してきました。しかし私が監督に就任した当時の選手からは、「オリンピックで金メダルを獲る!」という強い思いを、推し測りにくい雰囲気がありました。技術的には国内トップクラスの競技者が集まっているなかで、仮にオリンピックへの思いが希薄なのだとしたら理由は何か。どんな関わり方をすればモチベーションがより高まるのか…。そうした私自身の迷いや懊悩などをアチーブメント社のコンサルタントに相談したうえで、研修をきめ細かくプランニングしていただきました。

青木 金メダリストである米田監督から見て、ご自身の選手時代と近年の選手との間に、意識や考え方のギャップなども感じられていたのでしょうか。

米田 はい、それもありました。またもう一つ気になっていたのが、心の持ちようの問題でした。どのような選手であれ、ご家族や指導者、支援者の厚意に恵まれてきたからこそ、競技者としての成長があったはずです。そうした他者の思いをしっかり受けとめ、信念をもって、競技に取り組んでほしいと思っていました。というのも、物事の考え方から生まれるメンタルの差が、競技の結果を左右すると、私は常々思っていたからです。自己実現への強い信念の有無は、実は持っている能力を超えて勝敗を決するほど大きな問題です。

青木 心技体の「心」の部分を、いま一度見直すべきだと考えられたのですね。

米田 はい。トップアスリートともなれば、技術の差はほとんどありません。では何が勝負を分けるかというと、物事の考え方です。圧しつぶされそうなプレッシャーを感じた際に力を与えてくれるのは、「自分が何としてでもなし得たい理由」「自分以外のために頑張る理由」がどれだけあるかです。周囲の人に感謝の気持ちがある人は、勝負所で大きな力を発揮しやすいと思っています。アチーブメント社の研修を受けた後で、それが確信に変わりました。

青木 ただ勝とうとするだけではなく、勝つ目的を明確化できているか否かということが大事ですね。「家族のため」「恩師のため」「応援してくださる方のため」など、利他の気持ちが強ければ強いほど、強靭なメンタルが得られます。それはスポーツだけでなく、ビジネスや社会活動など、どんな分野についても当てはまることでしょう。徳洲会体操クラブのメンバー何人かと話す機会がありましたが、キャプテンで今回のパリオリンピックでも活躍された杉野選手は、人への思いを自分の力に換えられる資質を、豊かに備えた選手だと感じました。当社の研修を受けることで、「なぜオリンピックに出たいかということをより深く考えられるようになった。自分の人生にプラスになる研修だった」と話してくれて、とても嬉しく思いました。

願望の明確化によって高まったモチベーション

青木 低迷期だったチームに変革を起こすため、どのようなアプローチで指導されたか聞かせてください。

米田 当時はチーム運営や指導について手探りの状態でしたし、自分の選手時代といまの選手との意識の差違に、戸惑いを感じていた時期でもありました。そのため、声高らかに指導方針を打ち出して牽引するというよりも、まずは選手と1対1でミーティングする機会を多く設けました。密にコミュニケーションをとることで意識のギャップを埋め、各人の考え方や内面で起こっていることを知ろうと考えたのです。そのようにしてメンバーに対する理解を深め、アチーブメント社の研修を受けたコーチ陣と共通の言語で語り合い、意見を交わせたことは自分の大きな支えになりました。

青木 そのようなプロセスを通して、米田監督ならではの指導方法や、チーム運営方法を確立できたのでしょう。

米田 自分の力だけでは目標を達成できないと思ったので、アチーブメント社のコンサルタントやコーチ陣など、多くの人のサポートを得るようにしました。そうすることで、より自信をもって前に進めるようになりました。

青木 指導されていて、手応えを感じられるような出来事はありましたか。

米田 選手との1対1の密なコミュニケーションは自分に合っていたようで、手応えも多々感じました。例えば中学卒業と同時に当クラブへ入部した岡慎之助選手ですが、当初はいま一つ取り組みの質が高まらず、練習で精彩を欠くことがありました。そこで当人と話し、本来どんな思いでクラブに入ったのか、ご家族や恩師はどういう思いで郷里から送り出してくれたのかということを、深く考え直してもらいました。するとその日から眼の色が変わり、練習の動きが見違えるように向上したのです。心に響く何らかのきっかけさえあれば、人は一瞬で変わるということを実感しました。同様のことを、多くの選手の指導で感じています。

青木 自分の考え方を押しつけたり、正解を与えたりするのではなく、相手の内発的動機づけの中心にある願望を明確化できると、人は一瞬で変わります。言葉であれ人であれ、何かと出会った際に素直に受け取って自分の成長につなげられるという感受性は、とても大切ですね。

米田 それは世界で活躍できる選手の、共通点の一つだと思います。

青木 岡選手は17歳のときに当社の研修を受けた際、将来の目標として金メダルを首にかけた絵を描いてくれました。その話を当人にすると、「ビジョンを具体的に描くことの重要性を実感できた」と、目を輝かせていました。

チームでビジョンを共有し全日本二連覇を達成

青木 当社の研修でもお手伝いし、徳洲会体操クラブは『世界を魅了する最強で最高のチーム』というビジョンをつくられました。そうしたものを掲げることによって、チームに変化は生じましたか。

米田 日頃の練習や言動について選手が自らを律するための、またチームで何かを決める際の指針を明確化できました。自分の言動は、最強で最高のチームの一員として相応しいか。どのような変革をすれば、世界を魅了するチームになるのか。そうした意識をつねにもつということを、選手やコーチ陣、関係者全員が共有できるようになったと感じます。

青木 チーム全員が同じ方向を向いて、力強く進めるようになったということですね。いましていることは、自分の目標達成のために役立っているのか。チームのビジョンを実現させるために適っているのか。そうした意識がメンバー全員に浸透したチームほど、強いものはありません。そのような取り組みが奏功してチーム力が高まり、2022年に行われた第76回全日本体操団体選手権男子団体で、徳洲会体操クラブは15年ぶりの日本一に輝きました。そして翌2023年にも優勝して二連覇を達成。米田監督が貫いてきた「考え方」の教育とチームづくりが、大きく実を結びましたね。それらの大会にはどんな気持ちで臨まれましたか。

米田 当時の選手らは、普段の力を出し切れば優勝できるレベルに成長していました。ですが優勝の経験がない選手ばかりだったため、勝ちたいという意識が強すぎて実力以上のことをやろうし、逆に勝利を逃してしまうケースもあったのです。そこで勝ちにいくという気持ちを抑え、できることに集中して気負うことなくやろうと。それを徹底して勝ったのが2022年でした。2023年は二連覇ということにこだわり、各選手が着実に勝てる演技構成で勝負し、目標にしていた二年連続日本一を達成しました。

青木 なるほど。その二連覇においても、競技に臨む際の「考え方」が勝敗を決したように思いますね。そうした経験を通して成長した杉野選手や岡選手が、パリオリンピックでは男子団体金メダル獲得の原動力になりました。その活躍が日本人にどれだけの喜びと感動、勇気を与えたことか。当社では全社員参加の会議で試合を放映しましたが、多くの社員が心を揺さぶられ、涙を流しました。皆さんにいただいた感動に感謝しています。

最後は技術より人間力で差がつく

青木 本誌は組織の指導的立場にある方や、経営者の方々が読まれることも多い冊子です。そこで米田監督に、指導するうえでご自身が大切にしていることをお聞かせいただけますか。

米田 指導者として何が正しいのかということを、いまでも模索し続けている毎日ではありますが、つねに心がけていることはあります。それは、選手がオリンピックの金メダルを目指すのであれば、そうした選手に相応しい監督であろうと強く意識することです。世界の頂点を目指す選手を指導する者として、彼らの実力に相応しい存在であるべきですし、思うような結果を出せない選手がいるとしたら、監督としての在り方を自ら見つめ直すことも必要だと思っています。

青木 素晴らしい。指導の「やり方」というより、指導者としての「在り方」を大切にされているのですね。現代経営学の父と呼ばれるP・F・ドラッカーは、「真摯」であることが、優秀な経営者の共通項だといっています。また世界三大投資家の一人であるウォーレン・バフェットは、「誠実」であることの重要性を説いています。米田監督の指導方針を伺うと、指導者として真摯に競技と向き合い、選手らへ誠実に寄り添っているということがよくわかります。

米田 自分は目標ができると、他のことが見えなくなるほど集中してしまう性質です。監督就任以降は選手の育成とクラブの復活に集中し、できる限りのことを行いました。それが奏功したようです。

青木 目標に焦点を合わせる能力と、最優先の事柄に集中できる能力をもつことが、偉大な成果を出す人の共通項です。杉野選手、岡選手らの金メダルと同等の価値がある「組織づくりの金メダル」を、米田監督は獲得したのだと思います。内在する可能性を、余すことなく引き出してくれる指導者に出会うということが、選手にとって重要です。それは育児にしても、社員の育成についても同様にいえることでしょう。今回の対談では子どもを育てている親御さんや、組織の指導的立場にある方々にとっても、価値の高いお話が伺えました。また私自身も大いに啓発されました。競技を通じて人としての生き方を学び、人間力を磨ける。それがスポーツの良さですね。

米田 徳洲会体操クラブを創部された故徳田虎雄先生も同じ考えでした。クラブ創部時の思いは「体操ニッポンの復活と一流の人材育成をめざす」というもので、人間教育には特に力を注がれていました。

青木 損得ではなく動機の純粋さがいちばん大事であると、私は常々思っています。徳田先生の医療界における活動や、徳洲会体操クラブの運営などを見るにつけ、そうした思いはいっそう強まりました。徳田先生とのご縁から当社は米田監督と関わりができましたが、互いにとって価値のある出会いになったと感じます。今後も当社はさらに徳洲会体操クラブを応援していきたいと思っています。今回はありがとうございました。

▶アチーブメントが取り組む「徳洲会体操クラブ プロアスリート教育」プロジェクトの詳細はコチラ