従業員承継が日本の中小企業経営の未来を拓く

事業を承継し会社を存続させることは、経営をする上で避けては通れない課  題の一つですが、後継者難による廃業が社会問題の一つともなっています。
この状況に新型コロナウイルスによる打撃が重なり、経営者にとってはより一層頭を  悩ます問題へと変化していますが、いかにしてこの状況を打破していくとよいのか。
今回は日本商工会議所 専務理事の石田氏と、従業員承継を成功させた  日本商工会議所 青年部令和3年度会長の吉川氏にお話を伺いました。

コロナ後の経営と経営者のあり方

木俣
2022(令和4)年には、日本商工会議所は設立100年を迎えます。この記念すべきタイミングで、2年前には石田専務の肝入りで東京商工会議所が新しいビルに生まれ変わるなど、大きな転換点になりました。新型コロナウイルスの流行で、日本経済はいま、重大な危機に直面しています。そうしたなかで、商工会議所が果たす中小企業支援の役割、また、アフターコロナの経営や経営者のあり方について、お話を伺っていきます。
石田
今回のコロナ禍によって、経営資源が乏しい中小企業は大きな打撃を受けましたが、全国に515ある商工会議所は、事業存続の危機に直面した中小企業に対してさまざまな支援を行ってきました。また、各地の商工会議所から上がってきた生の声を集約して政策要望・政策提言を行い、いくつも実現してきました。商工会議所は中小企業支援という機能を確実に果たすことが期待されている点において、社会におけるエッセンシャルワーカーとしての役割を担う組織だと改めて実感しました。
一方、中小企業の多くはコロナ禍による危機を乗り越えながら、何とか雇用を維持し、事業を存続させてきました。大事なのは、事業を維持しつつ、アフターコロナをにらんで変えられるところを変えていくことです。今回のコロナ禍で日本はデジタル化の遅れが指摘されましたが、中小企業はピンチをチャンスに変えるような方向で事業を再構築していくことが大事だと思います。
国もそうした事業再構築支援の予算をつけていますから、我々は引き続き、国と中小企業の架け橋として力を入れていきたいと思っています。
木俣
商工会議所の果たす役割と出番は大きいですね。
日本の雇用の約7割を占めるのが中小企業です。私はこのコロナ禍によって、「人が働くことの大事さ」が改めて浮き彫りになったと感じます。福沢諭吉が「世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つこと」と言ったように、働く場の提供こそが企業の使命です。
石田
そうですね。今回のコロナ禍で特徴的だったのが、中小企業は経営状況が厳しくても、雇用削減しないことです。「雇用削減を実施した、あるいは検討した」という企業は、2020年でわずか4%くらいでした。2021年のいまは少し上がりましたが、それでも6%くらいにとどまっています。中小企業にとって、従業員が非常に大事であることの証しではないでしょうか。
吉川
いまは国の支援策が充実しているので倒産が少ない状況だと思います。しかし、これからです。今後、中小企業は本当に経営が厳しくなっていくでしょう。金融支援を受けてなんとか一時的にお金を借りたものの、もうすでに使い切っている企業がたくさんあります。すでに返せなくなっている企業も少なくありません。ここ2〜3年が勝負になるのではないでしょうか。
青木
私は会社を創業して34年経ちますが、いまこそ、経営者の経営能力が試されていると思います。観光や外食など、間違いなく打撃を受けている業界のなかでも、業績を伸ばしている企業があります。
このコロナ禍は、本物の経営者を生き残らせるための「天の意志」でもあると思います。逆風でも業績を伸ばせるかどうかは、経営者のメンタルの影響が非常に大きい。「もうダメだ」と諦めてしまうと、業績が下がってしまいます。経営者は経営力強化に向けて自ら努力していかなければいけません。
石田
同感です。よく「自助・共助・公助」といわれます。確かに、公助によって事業を維持する局面は必要ですが、最終的には公助だけに頼るわけにはいきません。経営者は自助で浮上していくしかない。それはまさに経営者の決断やメンタル、そしてその会社の「自己変革力」にかかっています。
東京商工会議所がアンケート調査したところ、ビジネスのやり方を少し変えるというのも含めた広い意味でのイノベーションに取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている企業の割合が7割を超えているという結果が出ました。
木俣
それはすごいですね。ちょっと厳しいいい方になりますが、このコロナ禍は、きちんと産業として成り立っていなかったところをブラッシュアップして、またお客様に真向かうことを考えてみようという、よいきっかけになったのではないかと思っています。
もうひとつ、近年では、「日本が好きな、いいパターンに入ってきた」というのが私の考察です。それはひとつには、「公」、つまりSDGsを考えない企業はダメだという意識が全世界に広がりました。「理念」にまつわる部分は、これは日本が得意なところです。もうひとつは、日本はDX(デジタルトランスフォーメーション)では遅れていると指摘されていますが、私はかえって日本が得意な「追い付け追い越せ」のパターンになったと思うのです。というのも、『論語と算盤』でいえば、SDGsは論語、DXは算盤に当たります。日本人は昔から、算盤の部分も得意でした。

中小企業が光れば、日本が光る

石田
日本は長寿企業が非常に多い。100年を超える企業だけでも3万3000社くらいあります。長寿企業に共通しているのは、経営理念・哲学がしっかりしていることです。なんのために自分の会社は存続しているのか、社会にどう貢献するのかという理念が明確です。同時に、先ほどの自己変革力も持っています。
環境変化に合わせて、ただ変わればいいというわけではりません。理念という背骨を軸に変わっていくというのが日本企業はうまい。ですから、いまは、いい方向に変わるためのチャンスのときを迎えているのかもしれません。
青木
おっしゃるとおりです。「物心両面の豊かな人生の実現」というのは、いつの時代も変わらない万民の願いだと思います。お金で全て解決するというのではなくて、「心」が大切だというのが私の考え方です。社員を幸せにできる経営、お客様に喜んでもらう経営、社会のためにもっと納税できる経営。そうしたことを本気で目指すのが経営者のあり方だと考えています。多くの人が経営の「やり方」ばかり勉強しますが、私は「目的」が大事だと思います。
吉川
私は理念経営をアチーブメントの講座で学んだとき、当社の先代もやってきたことだと改めて感じました。
当時は珍しかったようですが、先代は30年以上前の数人規模のときから経営理念を掲げていました。朝礼では、社員全員で毎日、理念を唱和していました。理念浸透が徹底していたから、私が事業承継した今でもその状態が継続して、社員の考え方や行動にも落とし込まれていると感じています。
また、私が専務だった承継期間中は、月に一度、先代とのミーティングがありました。経営方針などが議題でしたが、先代がいつも話していたのは、経営者のあり方やお客様への姿勢。最後は挨拶と掃除の重要性で締めるのがお決まりでした。話す内容は9割方いつも同じで、「また同じ話だ」と当時は思ったこともあったのですが、自分が経営者になると、案外、社員の前で同じ話はできないものです。振り返ると、経営者が理念を繰り返し、反復して伝えることが、いかに重要かと思います。「また同じ話だ」と思うころにはもう自分に浸透している。
木俣
先代は理念経営を徹底されていたのですね。吉川さんが事業承継された際も、先代の理念は変えずに引き継いでいらっしゃいます。
まさに、「不易と流行」の「不易」の部分ですね。
一方で、「流行」つまり変えなければいけない戦術的な変えるという吉川さんの考えも、色濃く出ています。
吉川
私は基本的には先代の考え方をそのまま踏襲しました。しかし、かつてとは時代が違います。働き方にしても、昔は深夜まで働くのが美徳と見なされていましたが、いまはそれは悪です。だからといって、いまの基準と照らし合わせて、昔が間違っていていまが正しいのかというと、そうではありません。いまと昔では正しさが異なるのです。時代に合ったやり方を常に考えなければなりません。例えば、ブランディングもそうです。また、当社はDXには早い段階から力を入れています。私自身、2014(平成26)年から日本商工会議所青年部に出向し始めて、会社にいなくなってしまったので。
木俣
自動的にやらざるを得なかったということですね。
吉川
それまではアナログの会社でした。出張から帰ってくると、机に書類の山ができていて、その処理に時間をかけることの繰り返しになってしまっていました。でも、外出時や移動中もホテルでも、時間が空いています。そういう所で仕事ができる仕組みを作らなければという必要性に駆られて、早い段階でデジタル化をスタートさせました。
木俣
DXのことはご著書でも触れていますね。
吉川
コメントはい。このコロナ禍にあって、テレワークに比較的スムーズに移行できました。私はさまざまな顧問先を見ていますが、先代の目があってなかなか流行の部分を進められない2代目が少なくありません。そういう意味では、私は恵まれていました。私がやることに対して、先代は口出しせず、温かく見守ってくれていました。事業承継の肝は「先代の寛容さ」だと、自分自身の経験からは感じます。

価値ある企業資産をつなぐ、人材教育の重要性

木俣
吉川さんから事業承継のお話が出ました。後継者不足によって、このままだと黒字経営の企業の約半数が廃業する恐れがあるそうです。中小企業の事業承継について、現状や将来をどのように見ていらっしゃいますか?
石田
事業承継は、本当に重要な課題と捉えています。中小企業白書によると、1995年から2018年までの間に、中小企業の経営者の年齢のピークが47歳から69歳に上昇しました。23年間で22歳上昇したということは、経営者の若返りがほとんど進んでいません。しかも、いま、60代以上の経営者の半数近くは後継者がまだ決まっていません。このままでは貴重な経営資産が失われてしまうリスクが大きいわけです。
これを何とか次代につないでいかなければなりません。ところが、いま、親族内承継が難しくなってきており、吉川さんのような従業員承継、あるいはM&Aが増えてきています。価値ある企業資産が失われないように、どうやって意欲と能力のある人につないでいくかというのが、国にとっても商工会議所にとっても大きなテーマです。
そのために、税制や事業の磨き上げ、先代経営者の啓蒙など、さまざまな側面でシームレスな支援を組んでいく必要性を感じていますし、国への政策要望もしながら取り組んでいるところです。
木俣
実際に従業員承継をして、どう感じましたか?
吉川
親族内承継ができず、他の方法を考えるしかないとなったとき、いまはどちらかというとM&Aを検討する傾向が強い。私は自分が経験したこともあって、その間にワンクッション、従業員承継を検討してもいいかとは思います。
もちろんM&Aにも売り手側・買い手側双方にメリットがありますが、会社目線のような気がします。そこで働いている人たちにあまり焦点が当たってないと感じるのです。実際に、当社の社員は「第三者に売られなくてよかった」と、言ってくれています。従業員承継の方が社員たちが安心できると思いました。
木俣
従業員承継の場合、株の買い取り問題が切実ですよね。
吉川
そうですね。利益が出ている会社だと大変です。当社も、承継するための金銭的なハードルが高い点に苦労しました。
石田
従業員承継の場合、自社株買い取り問題に加えて、経営者の個人保証を求められ、二の足を踏んでしまうケースがどうしても多い。我々も課題だと認識しています。そこで、2019年、日本商工会議所と全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」が「経営者保証に関するガイドライン」の特則をまとめました。これは、事業承継時の経営者保証の取り扱いについて、具体的な着眼点や対応手法などを定めたものです。
木俣
吉川さんは「経営者保証は覚悟の問題だ」とおっしゃっておられますね。
吉川
借り入れの金額と財務状況によるとは思いますが、自分で商売を始めても借金するわけです。経営者としての覚悟を持てるかどうかということも、後継者として大事なことだと思います。そこは教育にかかっていると思います。私も、指名されてから7年間、先代から教育を受けていますので。
石田
いきなり「明日からやってくれ」といわれても難しいですね。
吉川
さまざまな事業承継のガイドラインを見ると、事業承継計画を10年スパンで考えるべきだと記されています。理想はそれくらいです。最低でも5年以上は必要だと思います。
青木
まさしく、吉川さんのおっしゃるとおり、いまのお話で大事なのは、事前対応です。いかに段取りをしっかりするかだと思います。私は吉川社長の7年という承継期間は本当にいい期間だったと思います。
事業承継には「経営機能の継承」と「経営技能の継承」の2つの面があります。経営機能とは、営業や生産、人事といった企業を動かしていく役割のことです。一方、経営技能とは、いわばパイロットの操縦術のようなものです。人使いの下手な人、感謝の心がない人は経営できません。資産を残して会社を2代目に継がせても、人望がないと続きません。
渋沢栄一の教えにはある信頼というものがあります。これは無形の資産です。経営者は誠実でなければいけません。吉川さんは誠実な人です。皆に愛されているんですよ。だから日本商工会議所青年部の会長に選ばれたわけです。そういうリーダーをいかに日本の社会にもっと増やすか。私は、教育が大事だと思います。
木俣
おっしゃるとおり、人材教育が大事です。渋沢栄一がなぜ『論語と算盤』を著したのか。62歳でフランスに行ったとき、イギリス人やフランス人に「なんで日本人は、こんなに信用できない人間だらけなんだ?」と言われたのがきっかけだったそうです。
青木
ショックですね、それ。
木俣
それでなんとかしなければいけないと考えたわけです。
いまも「金儲けがうまければいい」というような風潮が強まっていますよね?
青木
本当にそうです。
木俣
100年経って、1周まわってまた渋沢栄一が求められる時代が来た感じがします。
石田
そのとおりです。いま、渋沢栄一が脚光を浴びているのは、世の中の価値観が揺れているからでしょう。会社が急成長していても、その先の究極の目的は一体なんなんだというところが、必ずしもはっきりしていないのではないでしょうか。
コロナ禍前でしたが、中国のある超巨大企業グループが「渋沢栄一を勉強したい」と、チームを組んで私の所にも取材に来ました。急成長はしているけれど、その先、自分たちは一体何を目指したらいいのかを中国企業も考え始めています。
青木
シンプルに言えば「人生の目的は何か?」ということを我々は考えるわけです。究極は「幸せになること」です。ピーター・ドラッカーが「経営の目的は利潤の追求ではない」と言っています。「人を幸せにできる経営を目指す」ことが、我々経済人としての目的だと思います。この目的さえ見失わなければ、人はまとまり、経営がうまくいくのです。こういう時代こそ、もう一回、原点回帰すべきです。損か得かではなくて、本当の意味で生かされていることへの感謝、日本の国への感謝が大切です。この心を持って経営していけば、必ず会社は成長し、国家もよくなると思います。