浜松医科大学名誉教授/NPO法人「食と健康プロジェクト」理事長 高田明和
「成功者はポジティブな言葉を使う」。一度は耳にするこの話。多くの人が、「言葉で変わったら苦労しない」「単なる気のせい」と思ってしまいがちですが、実はこれ、科学的に証明されています。今回は、脳科学者、浜松医科大学名誉教授、さらに書籍累計発行部数100万部を超える、高田明和先生に話を聞きました。
「言葉が脳を変える」のは、脳科学では常識
「言葉には私たちの脳を変える作用がある」
これは現在の脳科学の常識です。
「暗示は効果がある」と聞いても多くの人は、「信じられない」と言います。
しかし、暗示の効果は、既に科学的に実証され、もはやその効果は医学的常識と言っても過言ではありません。
暗示が医学的に効果がある例として有名なものに、「プラシーボ効果」があります。
プラシーボとは偽薬のこと。
ある研究で患者に、①効果がある薬、②実際には効果がないサプリメント(食塩水や砂糖水など)の2種類を与えました。
ただし重要な点は、効果がないものを「この薬は効きます」と言葉を付け加えて与えたことです。
予想では、当然ながら②では効果を発揮しないはずですが、驚くべきことに、病的改善がみられました。
これは、医師からかけられた「この薬は効く」という言葉による効果なのです。
こうした効果を、プラシーボ効果と呼びます。
また、暗示が、パフォーマンスを上げる例も紹介しておきましょう。
別のある実験は、複数名がバーベルを上げるというもの。
このときに、「この薬にはカフェインが含まれています」と言葉を付け加え、プラシーボ(偽薬)を与えました。
その後に、バーベルを上げたところ、「カフェインだ」と思い込んだ人の疲労感は少なく、バーベルを上げる回数も増したのです。
以上、薬の例をあげましたが、この2つの例だけでなく、「言葉による暗示は効果がある」という研究結果が、世界中で確認されているのです。
言葉は脳にどう影響しているのか
イメージを行動に繋げるミラー細胞
では、言葉はなぜ、脳に作用するほどの大きな力を持っているのでしょうか。
それを説明する前に、言葉が影響を与える、ある脳細胞について説明する必要があります。
それは「ミラー細胞(ミラーニューロン)」と呼ばれている細胞です。
ミラー細胞は、モノマネ細胞とも呼ばれます。
例えば、スポーツを見ていると思わず手に汗を握ってしまいます。
また、誰かがビールを飲んでいる姿を見ると自分も飲みたくなり、それまで飲むつもりのなかったビールを飲んでしまうこともありますよね。
ミラー細胞が、行動を引き起こすことはそれほど頻繁なことではありませんが、感情の高まりといった、「イメージ」が強まると、ミラー細胞の刺激が実際の行動を引き起こすのです。
ビールの例をはじめとしたCMは、こうしたミラー細胞の働きを利用していると言えるでしょう。
言語でミラー細胞が活性化し行動につながる
そして、実はミラー細胞は、イメージだけではなく、言葉とも密接に関わっています。
私たちが言語を扱うときには言語中枢が反応するのですが、ミラー細胞があるのはまさにこの周辺。
皆さんが言語を習得してきた過程をみると、多くの人が他人の言葉を〝モノマネ〟し、話せるようになっています。
これはミラー細胞が言語によって刺激を受けたからなのです。
つまり、良い言葉、悪い言葉に関わらず、言語を扱うと、ミラー細胞にも影響があると言えるでしょう。
ある言葉に強い感動を持つほど、ミラー細胞が活動する。
そして、その結果、言葉の意図するような感情・意欲・希望が生まれ、ひいては行動変容が生まれるということです。
ミラー細胞が活性化するような、イメージと言語を持つことで、良い行動へと繋がっていくのですね。
このように、「自分に良い言葉を言い聞かせると、モチベーションや、パフォーマンスがあがる」「その言葉通りの行動を取る」という主張は、脳科学的にも正しいと言えます。
何を言うかより「誰が言うか」が重要な理由
ここまで、言葉と暗示の効果を述べてきました。
暗示には自分でかける暗示だけでなく、他人からかけられる暗示もあります。
実は、他人からかけられる暗示は、受け手が、どれほど言葉をかける人を尊敬し、信頼しているかが効果に大きな差をもたらすことも証明されています。
つまり「誰が言うか」が重要なのです。
実際に脳の変化を調べると、信頼する人に告げられた前向きな言葉によって、脳内の快感と意欲の場である側坐核という部位から脳内快感物質が分泌されます。
例えば、免疫力を高めるエンドルフィン、意欲を高めるドーパミンなどです。
同時に、不安・葛藤などで苦しむときに反応がある扁桃体の活動が小さくなっています。
つまり言葉によって、喜びが増し、苦しみが減ることが実証されているのです。
ポジティブな言葉は、信頼される人から与えられたら、より効果を発揮すると言えるでしょう。
言葉は健康にも影響する
このように良い言葉を聞き、その言葉を繰り返すことが、脳にとっても良い影響があります。
ただ、大切なことは、他人から与えられる言葉であってもそれを自らが受け入れているということ。
つまり、「自分が選んでいる」ということです。
これはうつ病にも同じことが言えます。
私自身も長らくうつ病を経験しましたが、今のうつ病は薬では治りません。
かつては薬で治った部分もありましたが、うつ病を治すのは、外部からの何かではなく、あくまで自分の思考の改善。
その最適な手段が言葉です。
逆に、言葉の力、暗示の力を使えば健康的な生活をおくることができます。
言葉というのは、その時々、自分の心境によって響くものが違います。
それゆえに、常に、今の自分が感動できる言葉を探し続けることをお勧めします。
1935年、静岡県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了。米国ロズエル・パーク記念研究所、ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を経て、同大学名誉教授。医学博士。専門は生理学、血液学、脳科学。著書はこれまでに210冊以上出版され、累計部数は100万部を超えている。『「病は気から」の科学 心と体の不思議な関係』(講談社ブルーバックス)、『言霊力 人生を変える言葉のパワー』(春秋社)、『うつは「暗示」で追い払う』(廣済堂あかつき出版事業)など。