勝つための戦略を描く時間が、勝敗を決める

徳洲会体操クラブ監督/アテネオリンピック体操男子団体 金メダリスト 米田功

2004年アテネ五輪で28年ぶりの金メダルを獲得した体操男子団体。その「奇跡のチーム」と称された6名のチームのキャプテンが米田功氏です。言うまでもなく、世界一を目指すのはそう簡単ではありません。一体どれだけハードな練習をすればよいのだろうかと伺うと、米田氏は「重要なのは練習量やハードさではなく、練習の設計にある」とおっしゃいます。その極意とは一体?

アスリートだからこそ感じる「時間」の大切さ

私たちのもとには、シーズンごとに新しい選手がやってきます。
その方々に初対面で伝えるのは、「時間を大切にしてほしい」という言葉です。

現役を引退して痛感したことですが、選手として活動できる期間は、長い人生から考えれば本当にあっという間です。
勝負できる期間が定められている非常に厳しい戦いなのです。

プロとして戦う以上、みんな必死に練習をしているので、その中で勝ち抜くためには、ただただ目の前の練習メニューをこなすだけでは足りません。
そのために必要なことこそが、毎日の時間の使い方を徹底的に分析し、その効果性を高めることにあるのだと思います。

自分が好きな体操という競技に全力投球できるのは恵まれていることです。
だからこそ良い結果を出すために、時間という資源を最大限に活用してほしいと伝えているのです。

成果につながる練習をいかに行うのか?

ではいったいどのくらいの練習量を積めば良いのでしょうか?
確かに世界トップクラスの選手は、圧倒的な練習量を積んでおり、その過程は非常にハードなものです。

しかし、私自身の経験として言えるのは、勝つために必要なのは、練習の量やハードさを上げること以上に、目標設定と具体的な練習計画の立案ができているかどうかです。
さらに言えば、練習以外でこれらを考える時間をとっているかどうかです。

試合が近づいてきて多く見られることが、練習をやりすぎたり、反対にやりすぎることを恐れて練習量が少なくなることです。
精神的に余裕がなくなってくると練習中での正しい判断が難しくなります。
明確な指標を持った正しい練習ができなければ、ことごとく成果にはつながらないのです。

その、正しい練習をするために、目標と計画が必要不可欠なのです。
これらを明確にする時間こそが、体操選手にとっての「孤高の時間」なのです。

明確なイメージなしに目標と計画は立てられない

体操は、点数で評価される競技です。
そのため、先々の大会でどれくらいの得点を出すのか、という点で目標設定をしています。

目指す点数が決まれば、次に行うのは、演技構成を考えることです。
どの技を、どのタイミングで入れ、どのような流れで演技をしていくのかを頭の中で組み立てながら、シミュレーションするのです。

理想の演技が描けたら、現状の確認です。
日々の練習映像を見て研究し、自分自身がそれぞれの技をどれくらいのクオリティで行えるのかを整理します。
これができてようやく、何を練習したら良いのかが徐々に分かってくるのです。

そして、理想と現実のギャップを埋めるための練習プランを立てます。
週ごとに試合を想定してできる練習の回数を確認し、練習テーマを設定するのです。

私は現役時代、練習後や入浴中、寝る前の落ち着いた時間を使って、これらのことを日々考えていました。
成果が出る正しい練習をするためには、絶対に欠かせない大切な時間なのです。

新人選手が実際に使用している練習日誌
新人選手が実際に使用している練習日誌

目標設定のカギを握るのは正しい自己理解

しかし、この一連の流れは決して簡単ではありません。
自分の課題と具体的な改善案が明確に分かって、初めて練習計画を立てられるのですが、これが非常に難しいのです。
自分の能力を客観視し、正しく把握することは、経験が浅い選手にとってみれば至難の業です。
オリンピックを目指すレベルの選手たちであれば、練習をサボる人はほとんどいません。
しかし、自分の能力を的確に把握できていないために、達成不可能な目標を設定し、挫折してしまう人がよく見受けられます。

実はそのような選手の特徴としてあげられるのが、完璧主義であるということです。
自分の現状にあった目標ではなく、「これをするならこれくらいできなきゃいけない」と目標が高くなってしまうのです。
自己理解力は自分にとって正しい目標を設定するために必要となります。

アチーブメント・青木社長の格言に「努力よりも正しい選択を優先する」という言葉があります。

体操の世界でも、結果を出すためにはこの言葉に従うことが必要だと思います。
正しい選択とは、意地やプライドで設定するものではありません。
もし正しい選択がわからないと思うのであれば、自分一人でどうにかしようと固執せずに、実績を持っている人に徹底的に教えてもらうことです。
チームメイトかもしれないですし、コーチかもしれません。
教わることは恥ずかしいことではないと私は思っています。

協力を集められる人格を磨くことも練習計画の重要項目

そこで意識しておきたいことが、人から教えてもらえる自分であること。
言うまでもなく、そこには普段どんな態度で練習に臨んでいるのか、人の話を聞いているのかといった、人としての在り方が見られます。

スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも同じかもしれませんが、成果を追い求め視野が狭くなってくると、自分のやり方で成果を出すことが目的なのか、シンプルに成果を出すことが目的なのかわからなくなります。
日々感謝の気持ちを忘れず、素直でありたいですね。

私はこのために常に一流に触れることを意識し、より良い人間になりたいと取り組んでいます。
綿密な練習のプロセスだけではなく、こうした人格を磨く取り組みも忘れずに組み入れられた計画こそが、本当の練習計画であり、この計画を立てる時間こそが「孤高の時間」と言えるでしょう。

 

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