いま社会はどのように変化しているか?[特別鼎談]変革の時代に勝ち抜く 中小企業とは──

サステナブル時代の資本主義は、日本古来の商法がヒントになる

木俣
今回は経済産業事務次官である多田さんにお話を伺います。新政権が発足し、今後様々な政策が打ち出されることと思いますが、それを事務方の長として支えるお立場からご意見を伺いたいと思っています。本日はよろしくお願いいたします。

 

多田
よろしくお願いいたします。

 

青木
岸田首相は「新しい資本主義」というキーワードを打ち出し、成長と分配の好循環を実現していくと表明されました。その背景について、多田さんはどのように考えられていますか。

 

多田
国民の皆さんが多かれ少なかれ感じている不平等感というものが、根底にあるのだと思います。新聞などを読んでいると、「大手企業○○社の売上が過去最高」だとか、「2020年度の国の税収が過去最高」などという見出しが目に入りますが、その一方で自分たちの暮らしが楽になったという実感がまったく湧かない。特にコロナによる影響を受けて、非正規社員やシングルマザー、飲食業の方々などが苦境に立たされている姿を目の当たりにすると、理不尽を感じてしまう。多くの国民のそうした心情に配慮し、成長と分配の好循環を実現させていこうというお考えなのだと理解しています。

 

木俣
一部の大企業に利益が集中して格差が増大し、庶民の暮らしにしわ寄せがいったり、経済的弱者を生み出したりということが起こっていますね。そうした犠牲のうえに日本経済が成り立っているのは、いかがなものだろうかと感じます。

 

多田
そうした思いを抱く方が増えているのだと思います。日本ではここ数十年にわたって、給与も上がっていませんね。海外諸国の多くは物価と給与の上昇が同時に起こっていますが、日本は長きにわたって物価、給与ともほぼ変わりません。たとえば中小企業の方が従業員の賃上げをしたいと考えて、仕事の発注先企業に取引価格を上げてほしいと思ってもなかなか上手くいかない。もちろん、事業の効率化を図ることで賃金を上げようという努力も大事ですし、取引先に実情を伝えて交渉する必要もあるでしょう。ですが、そうした経営努力だけでは限界もあります。そのような部分についてはサプライチェーン全体のなかで、各社が取引を適正化していくような構造を築くことで、全員が潤うようにしていくべきでしょう。そうした取り組みをサポートすることが、私たちの仕事ではとても大切なことだと考えています。

 

青木
「成長の果実」が、より多くの人にいきわたる仕組みをつくるということですね。

 

多田
はい。そのためにもまずは「成長」のためのビジョンを描く。その上で、より多くの人に「分配」できる仕組みをつくるべきでしょう。そして多くの人が得た利益が、消費にまわっていくという流れです。そうした考え方は、実は昔から日本にはありました。売り手良し・買い手良し・世間良しという「三方良し」の考え方です。そのような精神に立ち返ることが必要なのではないでしょうか。これからの資本主義は弱肉強食の世界ではなく、ビジネスに関わる人たち皆がWIN-WINの関係になれるようなものを目指すべきです。それがサステナブルな社会の資本主義なのだと思います。もちろん健全な競争は必要で、切磋琢磨があるからこそ技術やサービスは向上するもの。競争は成長の源泉です。結果として、特定のステークホルダーだけに利益が偏り過ぎないことが大切です。

変化への柔軟な対応と機動力が活路を開く

木俣
1980年代の日本は、物価が高いことで世界に知られていましたが、今は逆にアジアの人たちが来日して驚かれるくらい物価が安くなっています。長らく続くデフレ下の日本経済をどう思われますか。

 

多田
消費者が安い物価に慣れ親しんで、それを容認したいという気持ちが強いことも一因だと思っています。またそうした状況のなか、経営者としても価格を上げることに対する過度の恐れがあるのではないでしょうか。ですが、それによって賃金が上がらないということであれば、負のスパイラルから脱却することは困難です。もちろん事業の存続は大切なことですが、経営者は今一度自社の商品やサービスを見直すことも必要でしょう。価格の違いだけで他社に代替されるようなものだとしたら、次の一手を考えることも必要です。

 

青木
発想の転換が必要なときですね。特に中小企業についていうと、利益率は3~4%とそう大きくありません。生産性でいうと社員一人当たり平均550万円程度。そうしたなかで経営者の皆さんは日々奮闘されています。利益率を上げるためにも、過去の延長線上にある未来を考えるだけでなく、新規事業も含めて新たな知恵を出すべきときが来ています。

 

多田
おっしゃるとおり発想の転換が求められていると思います。たとえば観光業であれば、良質なおもてなしを前面に出して海外にアピールし、価格帯をあえて上級クラスに設定することで、利益率を大幅に上げられるかもしれません。製造業でいえば、ジャパンクオリティを謳って海外に活路を開くという手もあるのではないでしょうか。

 

木俣
同じ価格の電化製品をつくるにしても、使い心地やデザイン、細部への心配り、アフターサービスなどを含めたトータルな満足度を考えたら、日本の商品はいまだに世界に負けないクオリティがあると私は信じています。

 

青木
そのような日本人のものづくりに対するきめ細かさや、おもてなしの精神は、多様な分野で活かせるはずですね。たとえば経済のグリーン化やデジタル化の推進、少子高齢化など、今日の社会的な課題はすべてビジネスのタネだといえます。そのような分野で日本人のすぐれた技術力や細やかな感性を活かせれば、ビジネスチャンスは大きく広がることでしょう。

 

多田
社会から求められているものは、そこに必ず対価が生まれるはずです。たとえば少子高齢化の問題にしても、世界でもっとも高齢化率(総人口に占める65歳以上の者の割合)が高いのは日本で、いわば〝課題先進国〟なんですね。その日本で良いビジネスモデルを構築できれば、外国に売ることだってできることでしょう。時代の変化に対して柔軟かつ機敏に対応していくことが、新たな成長の波を生じさせるポイントだと思います。そのような時代にあって、中小企業には大いに期待しています。新たなアイデアを生み出してアクションを起こす機動力は、大企業よりむしろ中小企業の方が高い。私はそう考えています。

中小企業こそ創造力の源泉、日本の国力の礎だと信じる

木俣
経済産業省(旧 通産省)による「産業政策」は、多くの国内産業の育成を促し、日本経済の発展に貢献してきたと私は考えています。意見はいろいろあるでしょうが、そうした後押しをこれからの日本企業のために、そしてわが国の経済発展のために、大いに期待しています。

 

多田
かつて、日本の産業政策に海外からの批判が集まった時期がありました。1980年代に電化製品や自動車、半導体などで激しい貿易摩擦が生じていたアメリカからは、「勝ち組を選ぶのは市場であって、政府ではない」と、特に強烈に批判されました。世界からの批判に対して私たちが臆病になったわけではありませんが、慎重にすべきだという議論があったのも事実です。何から何まで政府が介入するのはいかがなものかと。しかし今では、中国はもちろんアメリカやヨーロッパ諸国も、政府が産業へ積極的に介入しています。

 

青木
1990年代の初めに発表された、アメリカの「情報スーパーハイウェイ構想」などは、まさにその代表的な例だといえますね。

 

多田
はい。世界各国でそうした動きが広がるなか、日本も手をこまねいているわけにはいきません。こうした時代にこそ経済産業省という組織が、日本の産業を強くするために粉骨砕身すべきだという声も高まっています。

 

木俣
VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代ともいわれるほど、今は先々が読みにくく、将来予測が困難な時代です。難しいかじ取りになることと思いますが、ぜひ頑張っていただきたいと願っています。

多田
企業経営者にしても、私たち自身も、失敗を恐れずにチャレンジすべき時代だと思います。間違えたらすぐに軌道修正するという柔軟な姿勢で、常に前進すべきでしょう。そうした姿勢を貫いていかないと、わが国が世界で勝ち抜くことは困難だと考えています。
青木
日本の会社員の約70%が中小企業で働いています。大都市だけでなく、それこそ日本全国で、中小企業の経営者と従業員が頑張っています。そうした方々が持つ力をより活性化させ、日本をさらに元気にしたいと当社は願っています。そうした中小企業経営者の方々に向けて、最後に多田さんからメッセージをいただけますか。

 

多田
中小企業は日本の国力の礎であると、私たちは以前から固く信じています。働いている方々が多く、日本全国に広がっているということはもちろんですが、中小企業の経営者こそ創造力の源泉、アイデアの泉をお持ちだと思っているからです。日本全国の中小企業に勤める皆さんが、自社の技術やサービスと日々向き合うとともに、新しいものを生み出そう、事業を拡充しようと奮闘されていることと思います。そうした皆さんが元気であればあるほど、日本全体の活力は増すことでしょう。新型コロナウイルスの感染拡大、グローバル化の進展によるビジネス環境の激変、デジタル化への対応、地球温暖化…難しい問題が山積していますが、ぜひ乗り越えていただきたい。私たちとしても、中小企業の方々の努力に報いるよう、精一杯応援していきたいと思っています。
青木
中小企業経営者や従業員の皆さまにとって、大きな励みになるメッセージをいただきました。感謝します。

 

木俣
本日はありがとうございました。

 

経済産業事務次官 多田 明弘
1986年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。内閣府政策統括官 (経済財政運営担当)や、経済産業省大臣官房長を経て、2021年より経済産業事務次官に就任。

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