逆境を乗り越える哲学 ―直面した危機に灯を見出す極意―

野村ホールディングス株式会社 名誉顧問 氏家 純一
元参議院議員アチーブメント株式会社 顧問 木俣 佳丈
アチーブメント株式会社 代表取締役社長 青木 仁志

「艱難 汝を玉にす」の言葉通り、困難は人を大きく成長させる。特に指導者は、時には思わぬ「嵐のような逆風」に直面することもある。逆境に直面しても、それを成功の種に変えるリーダーと、そうでないリーダーがいる。果たしてその違いとは。かつて社会的信頼が地に落ちた野村證券を「世界の野村」へと飛躍させた氏家純一氏に話を伺った。(鼎談場所 野村ホールディングス株式会社 本社)

 

木俣

本日は、野村ホールディングス株式会社の氏家純一名誉顧問にお話を伺います。

まず初めに簡単に氏家名誉顧問のご経歴をご紹介いたします。名誉顧問は、東京大学を卒業され、その後に名門シカゴ大学大学院を修了。経済学博士号を取得されました。シカゴ大学と言えば、ノーベル経済学賞も10名以上も輩出した名門中の名門です。

私も、さまざまな実業家の方々とお会いしますが、経済学博士号まで取得されていらっしゃる方は本当に記憶にないぐらい少ないかと思います。改めまして、深く尊敬申し上げます。

 

氏家
ありがとうございます。シカゴ大学で経済学博士号を取得したのは、日本人としては2番目でしたので、確かに珍しいかもしれません。

 

木俣
その後に、野村證券にご入社され、1997年に代表取締役社長に就任されました。金融業界を長らくリードされ、スイスやアメリカなどで国際派としてご活躍。2001年にはニューヨーク証券取引所に上場を果たし、世界経済フォーラムでもリーダーシップを発揮されました。

 

青木
そうした金融業界への多大なるご功績から、2017年4月には『旭日大綬章』をご受章されましたね。ご受章に深く敬意を表します。おめでとうございます。

 

氏家
いえいえ、金融市場の発展に携わられている皆様を代表していただいたものです。

 

青木
私と同じくクリスチャン経営者でもあられる、名誉顧問のこれまでの経営哲学を勉強させていただければと楽しみにしておりました。

訪れた逆境での突然の代表就任

木俣
さて、本日のテーマは、「逆風を乗り越える哲学」ということですが、これまで名誉顧問は数多くの困難に直面されて来られたとさまざまなメディアで拝見しております。これまでもっとも大きな困難と言うと、やはり1997年の社長ご就任時が大きかったでしょうか。

 

氏家

そうですね。1997年に総会屋利益供与事件により、社長をはじめとした役員15名が退任。まさに首脳陣総退陣の状態の中、代表を任されたのが、当時常務だった私でした。実は、1991年にも大口顧客への損失補てんの不祥事から社長交代があったばかりだったのです。

加えて、そうした社内の事情だけではなく、社会情勢も激動でした。競争自由化を柱にした金融ビッグバンの流れで、四大証券の一角であった山一證券をはじめとした証券会社や、北海道拓殖銀行・日本長期信用銀行なども破綻するなど、大手金融機関が連鎖的に経営破綻をしたのです。さらに襲ったのがアジア金融危機。弊社は4000億近い巨額の税引き後赤字を計上しました。

会社の信頼はこれ以上ないぐらい地に落ちた状態です。「こんな会社はもういらない」と言われ、社内からは諦めと不信の声が数え切れないほど上がりました。そこに合わせて起きた金融危機ですから、そのときのことは、今でも思い出したくないほどです。生まれて初めて、身体的危機にも晒されました。

 

木俣
私も政治家として当選したのが98年ですので、当時の社会情勢は特に印象的です。多くの人が不安の中にいたと思います。

 

青木
社会から失われる信頼、社員から失われる誇り。まさに会社の生死をかけた戦いが始まったのですね。名誉顧問が直面されたのは想像を絶する困難です。当時、どんな思いで代表に就かれたのでしょうか。

 

氏家
「The buck stops here」という言葉をご存知でしょうか。

 

青木
「あらゆる責任はここで止まる」という意味ですね。トルーマン大統領が大統領執務室に掲げられていたという言葉ですね。

 

氏家
その通りです。自分が最終責任を持っているという覚悟を表した言葉ですが、まさに私も同じでした。会社がかつてない危機に陥り、何万人もの従業員とその家族の生活がかかっている。逃げるわけにはいきませんでした。私も、責任を自分で止めると。すべてを自分が担うのだという覚悟ですね。

 

青木

名誉顧問のリーダーとしての大きな愛と責任が痛いほど伝わります。私も『人を大切にする経営学会』の常任理事を務めていますが、人を大切にする経営の根幹にあるものを一言で言うならば、それは「トップの愛と責任」ではないかと思います。

代表にご就任後、どんなことに着手されたのでしょうか。

 

氏家
これは青木さんがご著書の中で書かれていましたが、一番注力したのがなんと言っても、「会社の存在理由を社会に伝えること」。
そのために必要なことは、従業員自身が自分たちの存在理由を確信することでした。私たちはなぜ必要とされているのか、世の中に存在する意味とは何なのか。「社会に受け入れられている」というレベルでは到底、誇りなど持てません。「必要とされている、不可欠だ」と言われる存在になって「誇り」が得られるのだと思います。私は、繰り返し、繰り返し、その存在意義を従業員に伝え続けました。

 

青木

理念浸透の極意だと思います。自社の存在意義を説くためには、まずは他ならぬトップ自身が、自社の存在意義へ、揺るぎない確信・信念を持っていなければいけません。

名誉顧問ほどの方が、もっとも注力したのは自社の理念・存在意義を説き続けることというのは、多くの経営者にとって確信が深まるこれ以上ない実例ですね。

 

氏家

「なぜ、何のために」という問いに対する答え、つまり目的です。これが利益だとしたら、ピラミッドの土台はできません。特に困難に直面したときほど、それが明確になっていないと、先に進めませんから。20年間の経営経験の中でこれは確信と言えます。

さらに着手したことは、不祥事につながったビジネスモデルを変えること。具体的には、これまでの常識であった「売買業」で手数料を稼ぐスタイルではなく、顧客の置かれた状況に応じて最適な商品を提案することで、預かり資産を拡大していく「資産管理業」へと転換を果たしました。

 

木俣
その手法は、野村の礎を作りましたね。

 

青木
まさに、黄金律の発想ではないでしょうか。顧客が望んでいるものを考え続け、それに即したビジネススタイルを構築されたと。

 

氏家

それも、やはり自社の存在意義から出てくるものです。「自分たちは家計から企業に流れる金融の流れを通して、世の中に資金を配分をしている。その手伝いをするという、有用で、価値のある仕事なのだ」と。

存在意義を説き続け、同時に社外の人材もいれた管理体制を整えるなど、信頼回復に向けて必死に走り回りました。

逆風を越える指導者が持つ哲学

重要文化財に指定されている、室町時代の画家、雪村の風濤図。 ©野村美術館
図1 重要文化財に指定されている、室町時代の画家、雪村の風濤図。 ©野村美術館

 

氏家
「危機を乗り越える」というテーマで、ぜひお見せしたかったのはこの絵です(図1)。これは室町時代の雪村(せっそん)という画家が描いた水墨画です。

 

木俣
これは船でしょうか。後ろの木を見ると強い向かい風が吹いているようですね。

 

氏家
そうです。嵐の中を小さな船が出て行く。これは重要文化財で、当社の創業者がかつてこれを手に入れました。今は、京都の野村美術館に保管されています。私は社長室に、家族の写真とともに、いつもこの絵のコピーを置いていました。ちょうど先ほど例に挙げた、トルーマンもこの絵が好きだったそうです。

 

青木
強い逆風に負けず、前進していく力強さが描かれていますね。嵐の中に船を出した名誉顧問に重なるものがありますね。

 

氏家
私も社長のとき、この絵に何度励まされたか分かりません。この絵を見ながら、御社の研修で使用している『理念一覧』をもとに、自分の大切にしている価値観を考えてみました。私の大切にしてきた価値観は、まさに「危機の時期」にどう乗り切ったかという点に繋がります。まず「勇気」。次に「誠実」です。そして最後には、この中にない言葉ですね。

 

青木
それは、なんでしょうか。

 

氏家
「思い悩むな」です。勇気を持って、誠実に物事を断行したら、思い悩む必要はないという価値観が私の中には強くあります。

 

青木

人事を尽くした先には、必ず天命があると。

名誉顧問ほどの困難を経験された方が、未来に対して希望を失わない背景には、やはり『聖書』の「明日のことを思い煩うなかれ。明日のことは明日思い煩え。一日の労苦は一日にて足れり。」という言葉があるのでしょうか。

 

氏家

はい。それをもっと一般的に言い換えるなら、「希望」でしょう。勇気と誠実さで事にあたれば、どんな絶望的な状況でも必ず光があると。

思えば、当時、かなり強気な記者会見もやりました。あまりに強気だったものですから、「不祥事を起こした野村の社長にしてはえらく威張っている」と記者内で評判が悪くなったほどでした。

しかし、それは「必ず道は開ける」という確信の表れでもあり、「思い悩むな」という価値観の表れでもあったのだと思います。私のこれまでの人生を振り返ると、この3つの価値観があったと改めて思います。

 

青木

そうした価値観に基づく判断の結果、世界の野村が創られたのですね。私利私欲ではない、「志」「利他的な思い」で努力を続ければ、周囲が守ってくれますし、何より天が味方してくれると私も思います。

私も自分が直面した困難の際には、「自分は世のため人のためにこの事業をしている。それゆえに失敗はありえない」という確信がありました。

「衆知を集める」組織が持つ可能性

氏家

ただ、ここまでトップダウンでの理念浸透の話をしましたが、「個人の尊重」の重要性を最後に強調しておきたいと思います。

最近の社会の傾向として、「一部のエリートに頼る」という気風が高まっているのを懸念しています。誰かに「頼る」という風潮です。自分で考えて決めたことに対して、その結果を自分で取るという考え方が、もはや基本ではなくなってきていると思いますね。

 

青木
まったくもって同感です。依存や他責の人生では、決して人生は拓かれません。これは能力開発の観点からも間違いなく言えることです。

 

氏家
常々思っているのは、一部の人たちが決めたことよりも、多くの人が集まり、知恵と経験を持ち合って決定したことのほうが信頼ができるということです。

 

青木

おっしゃるとおりですね。私の尊敬する松下幸之助翁も、「衆知を集める」経営を生涯続けられてこられました。同じく学歴のない私はこの考え方を大変重視して経営してきたと思います。

「人はコントロールできない。それをコントロールしようとすると葛藤が生じる」と言うのが選択理論心理学の考え方です。会社は縁ある人を幸せにするために存在するのであって、会社のために社員がいるのではありません。理念は金太郎飴、個性は100%尊重が理想ではないでしょうか。

 

氏家

「多くの人々の知恵の集合体である市場経済が最適だ」という確信を私は持っています。市場原理と同じく、経営においても、個の自由な選択を重視し、自由な競争を尊重すること。中央や一部の統制の中では、個人が自己の持つ力を大いに発揮することはできないでしょう。

経済全体で言えば、数多い中小企業や中小企業経営者の知恵や経験が集まって物事が決まることが、社会の全体最適を創り出すと思います。

 

青木
組織を率いる指導者は絶対に持つべき視点ですね。指導者は衆知を集めながら、個々の可能性が十分に発揮される組織や社会を創る必要があると。「トップダウン」の意思決定と「衆知を集める」ことのバランスが求められているのかもしれません。

 

木俣
まさに雪村の絵に象徴されるような、逆風の中で航海をはじめ、立ち向かい続けられた名誉顧問から、困難に直面したときに指導者が持つべき哲学の一端をお話いただきました。本日はまことにありがとうございました。

氏家名誉顧問が大切にされている3つの言葉

ミッションリンク
~大切にしている理念~

「勇気」「希望」「思い悩むな」

何かを成し遂げるには、「勇気」を持って、「誠実」に物事を断行することが欠かせません。同時に、そこまでしたのであれば、思い悩む必要はないのです。どんなに危機的状況であって、「神共にあり、いずれに行くとも勝利あり」という言葉が私を守ってくれたように思います。成功への確信を持ち続けられるかが、「逆風を越える」リーダーの特徴ではないでしょうか。

 

氏家 純一(うじいえ じゅんいち)
1945年、山形県生まれ。1969年東大経済学部卒、1975年、シカゴ大大学院で日本人2人目となる経済学での博士号を取得し、野村證券入社。7年にわたる米国勤務を経て、1997年、総会屋への利益供与事件に揺れる中、社長に就任。徹底した危機管理体制の整備と、資産管理業など顧客本位のサービス強化で、信頼と業績の回復に努めた。2003年に会長、2011年6月に常任顧問、2015年4月から名誉顧問。