生かされていることに気づくまで、負け続ける必要がある

楽農ファームたけした代表 武下 浩紹
一般財団法人日本プロスピーカー協会 認定ベーシックプロスピーカー

貧しい農家に生まれたからこそ成功しなければならない……『チャレンジJAPANサミット2017』における講演「いちご農家1億円への挑戦」は大きな反響を巻き起こした。農家平均約7倍の年商をあげ、講演家としても活躍する武下氏。しかし過去には、経済力と道徳心とのギャップに悩みぬいた時期があった。

「経済なき道徳」を人に押しつけていた頃

産直農家として独立して、今年で12年目になります。
今はJAさんとも協力し合っていますが、当時は周囲から批判され……、いや、批判ではなくアドバイスだったんです。
私のことを心配して厳しいことを言ってくれた人たちがいた。
無関心な人は何も言いません。こっちが勝手に「なんでわかってくれないんだ」と思い込んでいただけ。

被害者意識に捉われていましたから、地元では商売しづらくて、県外のお祭りに「あまおうシェイク」を売りにいくわけです。
高速道路を走りながら途中で雨が降ってきて、「あ、今日は赤字かもしれない。高速代いくらだよ」と。
「なんで今、大分に向かってるんだろう。なんで俺、農協やめたんだろう」。しょっちゅうそう思っていました。

理想だけはありました。
過疎化していく地域の子どもたちに、どういう未来を語りますか。

一次産業を担う経営者のロールモデルが必要とされている。
自分がここ、福岡県大川市でいちご農家として成功して、全国の農家の「見通し」になるんだ!

その志は、最初から明確だったのですが。

子ども時代に貧乏でバカにされた、いじめられた経験があるからでしょう。
同じような境遇にいる子どもたちを放っておくことができない。
本業そっちのけでPTA活動に駆け出して、月末は支払い地獄です。
砂漠の真ん中でペットボトル1本しか持ってない人が「人助けしたい」と叫ぶようなものです。

いろんな勉強会に参加して、あるときこんなことを言われました。
「武下くん、君は寝言を言ってるよ」と。
道徳なき経済は悪なり、経済なき道徳は寝言なり、二宮尊徳の言葉だそうです。

当時の私はまさに「経済なき道徳の人」。
その結果として、自分の家族をぼろぼろにして、他人の家庭に土足で踏み込むようなこともして、本当にたくさんの人を傷つけてきました。

「信念の力」は実在する 〜実践から得られた確信〜

『頂点への道』講座スタンダードコースで青木社長の話を聞いて、自分の道徳心は「効果的ではない」ということが、やっとわかりました。

農作業をしながら『アチーブメント・セールス・スキルアップ・プログラム』のCDを聞き続けて、飛び込み営業を続けましたが、断られました。

断られ続けているうちに、噂になったんです。
「町の中で目立つことをやっている人間がジェラートを作って、バカ高い値段で売り歩いている」という噂が。
そのほとんどは「止めておいた方がいい」という忠告でした。
でも、ごくわずかですが応援してくれた人もいました。それがあったから今があります。

道徳を発揮するやり方も、少しずつ変わっていきました。
熊本地震が起きたとき、余震が続いているなか益城町へ向かったのは、「努力よりも正しい選択をしなければならない」ということをアチーブメントで学んでいたからです。
PTA連合会の会長を退任する直前でした。
何をどこにどうやって運ぶか、現地ボランティアと打ち合せした情報を持ち帰り、必要とされている支援物資のリストを各家庭に配布しました。

熊本で起きたことを「対岸の火事」にしてはならない。
誰かがそれを大きな声で言う必要がありました。
壊滅的な地震が大川で起きたらどうしますか。
大川だけじゃない、この災害国家を誰がどうやって守りますか。
そのマネジメントの一環として、子どもたちに「大人の姿勢」を行動として示さなければならないという一心でした。
その結果、大川市全体の士気が上がった、信念の力は実在すると確信したのです。

必死でそういうことをしていると、「なんでそこまで」と怪しむ人もいます。
たくさんの人たちに対して、効果的ではない関わり方をして、傷つけてきたからです。
そういう自分が変わっていく姿を、口で言うのではなく行動で示さなければならないと思っています。

「いちご農家1億円」 目標を掲げた先で見えてきたもの

自分自身の変化をいちばん実感したのは、「チャレンジJAPANサミット」に出場した後です。
JR九州様との取引が決まって、年間の売上が初めて3000万円に届いた頃でした。
福岡に帰って、親から浴びせられた第一声が見事だったんですよ。
「おまえは総理大臣にでもなるつもりか」と。

結局のところ両親にとって、「仕事」は現物取引がすべて。
講演活動は趣味かボランティアでしかない。

私はアチーブメントで間接的影響力について学んだので、講演活動も仕事の一環として取り組んでいます。
「チャレンジJAPAN」で1億円という目標を掲げることは、必ず全国の農家の「見通し」につながる。
その信念があったから、収穫の超繁忙期に農作業をおいて東京に向かいました。
以前だったら「どうして認めてくれないんだ、これだけ必死にやっているのに」と言い返して、親子喧嘩になっていたでしょう。
でも、このときは違いました。

私が東京に行っている間、誰が子どもたちの面倒を見てくれたか。
両親です。

一農家の自分が、よみうりホール1000人の舞台にどうして立っていられたか。
支えてくれる人がいるからです。

「心配かけてすまない。ありがとう」という気持ちがこみ上げてきたのです。

経営者は基本的に、承認されたいという「力の欲求」が強いのではないでしょうか。
日々プレッシャーと戦っているから「よしよし、よくがんばった」と誰かが認めてくれないと精神がもたない。
私がそうです。

力のなさゆえに、大事なものを失ってきた。
だから力が欲しかった。「力の欲求」の塊でした。

でも、勝ち負けに固執して誰かを批判している間は、力は得られません。
一睡もできないような極限状態に自分を追い込んでぼろぼろになったときに、自分が支えてもらっていることに気がつくんです。

気がつくまで負け続ける必要があるんです。

講演活動が活発になると、市長を狙っているんだろう、県議を狙っているんだろうと、揶揄されることもあります。
でも今は、誰に何を言われても平気です。
田舎の貧しい農家に生まれて、いちご農家を経営している、その場所からでないと伝えられないメッセージがあります。
ミッションに生きているからぶれません。

『チャレンジJAPANサミット2017』のプレゼンテーション動画がきっかけとなり、2018年2月にはオマーンでの講演を予定している。

 

「周囲からの厳しい言葉」への解釈の変化

批判されている → 心配してくれている

 

武下 浩紹(たけした ひろつぐ)
1973年福岡県生まれ。工業高等専門学校を卒業後、大手企業で火力発電プラントのエンジニア職を経験。26歳のとき実家のトマト農家にて就農。平成14年にいちご農家に転換し、JA苺部会にて修行を開始。平成18年に産直いちご農家「楽農ファームたけした」を開業。インターネットによる通信販売や、加工品の開発・販売など、さまざまな試みに挑戦し続けた結果、個人顧客からの注文は年間1万件を超える。