逆境を乗り越え、「コロナの明日 」を切り拓く

ワタミグループ創業者として、外食産業に新風を吹き込んできた渡邉美樹氏。新型コロナウイルス感染拡大が産業界に多大な影響を及ぼすなか、逆風に力強く抗いながら、次々に新機軸の事業を打ち出している。またそれとともにSDGs(持続可能な社会)の実現に向けて数々の取り組みも展開している。逆境の今日に、そしてコロナ後の明日に、どのような思いを馳せているのかお話しいただいた。

渡邉 美樹(ワタミ株式会社 代表取締役会長 兼 グループCEO 元参議院議員)
ワタミグループ創業者。「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」という理念のもと、外食・介護・宅食・農業・環境などの事業を展開し、独自の6次産業モデルを構築。学校法人郁文館夢学園理事長兼校長として教育者の顔ももつ。公益財団法人School Aid Japan代表理事としてカンボジア・ネパール・バングラデシュなどで学校の建設(308校)や、孤児院の運営などにも携わっている。
※「邉」の文字は環境により表示が異なります。公式の表現では「邉」の「辶」の点が一つです。

経済活動は「ありがとう」の交差

青木
数年前に渡邉会長とご縁をいただいて以来、お会いするたびによい刺激を受けています。仕事に対してつねに真摯に、真正面から取り組む姿勢にはいつも勉強させていただいています。渡邉会長が所属されている外食産業をはじめ、観光業や各種製造業など、幅広い業界が新型コロナの影響を受けていますが、経営者として現状にどう対応し、今後どのような展望をもっているのか、今日はお話しいただきたいと思います。
渡邉
昨年から出版の機会をいただき、ありがとうございます。おっしゃるように、現在、厳しい環境であることは事実です。この上半期は過去にないほどの売上減少に直面しており、戦いの渦中に身を置いているという心境です。さまざまな業界の経営者と話をしますが、飲食業や観光業、イベント関連の企業などは本当に厳しい状況で、手元資金が日々目減りし、眠ることもできずにいる経営者も少なくありません。今後しばらくは困難な状況が続くでしょうし、この先感染が収束に向かっても、コロナ前と同じ世界はそう簡単に戻ってこないでしょう。「一つの時代が終わった」と感じざるを得ません。しかし、私自身はまったく悲観的になっていません。必ず何とかなると思っています。私はこれまでに3回倒産の危機に直面し、そのつど乗り越えてきたこともあり、今回の厳しい状況も打破できると確信しています。
青木
研修コンサルティング会社を創業して33年の間、私は業界トップの経営者を見てきましたが、ビジネス環境が苦しいときこそ、経営者の視座が問われると思っています。ワタミグループさんはスローガンとして「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」というメッセージを掲げており、私は大いに共感しているのですが、そうした考えはいつ頃確立されたのですか?
渡邉
私は24歳のときに1店舗目の店長としてこの業界にデビューしました。当時1日250~300人のお客様と接し、「ありがとう!」「美味しかった、また来るよ!」という言葉と笑顔をいただき、なんて幸せなんだと、身震いするような感動を味わったんですね。先のスローガンには、当時の思いがこもっています。業態はどのようなものであれ、温かい「ありがとう」をたくさんいただける事業を、今後も展開していくつもりです。
青木
「己が欲することを他に施せ」という言葉が新約聖書にあります。これはビジネスにおいても当てはまることですね。人が望む価値を提供すれば、それにふさわしい祝福が得られるものです。結果的にそれが金銭につながります。
渡邉
そのとおりですね。経済活動というものは人と人の間を金銭が行き来しているように見えますが、実は「ありがとう」という感謝の思いが飛び交っているのだと思っています。

危機的状況下はトップダウンで乗り切る

青木
先ほど渡邉会長は「一つの時代が終わった」と話されました。当面は「ウイズ・コロナ」が意識される社会になりますが、そうした時代を生きる経営者にとって、必要な心構えは何だと思われますか。
渡邉
「コロナさえなければ」と不平不満を口にする経営者が、いまは多いですね。私もその気持ちはよく理解できます。しかし起きてしまったことを悔やんでも、目の前の状況は変わらないし、時間は戻りません。新型コロナによって一変したこの状況を「前提」としてとらえたうえで、どう対応するかということを熟考するべきでしょう。
青木
自分がコントロールできることとできないことを区分けして、コントロールできることにフォーカスして対応すべきですね。
渡邉
そのとおりです。コロナを前提として、自社がコントロールできることに集中するということです。政府が緊急事態宣言を発令した時期に、ワタミは国内の外食店舗約400店をすべて休業にしました。店を閉めれば社員の働く場はなくなり、売り上げも立ちません。そうしたなかで社員と会社を守るためにどう戦うのか……。考えたすえに私がとった対応は、スーパーマーケットを経営する企業との提携です。休業中の社員に出向してもらうようにしました。当時スーパーは買い物客で混雑し、人手不足が生じていたのです。そのほかにも人手が足りなくなっている業種から、人事交流の打診が相次ぎました。そこで多様な人材交流を可能にするため、派遣会社を買収して『ワタミエージェント』を設立し、社員のために人材派遣業をスタートさせました。またグループ内の農業分野やエネルギー会社、リサイクルセンターに人材を派遣。当グループが構築を目指している、自然エネルギーを駆使した循環型6次産業モデルを実体験してもらうという取り組みも行っています。コロナによって生じたネガティブな状況を、未来へのプラス材料にしようという試みです。
青木
素晴らしい。厳しい状況だからこそできることを行い、未来への投資を行っているのですね。
渡邉
はい。休業補償による目減りした給与ではなく、社員に収入の10割を保証したうえで働く場を確保したいと考えての決断でした。なおかつ将来のビジネスモデルを学ぶ場にもすることで、一石三鳥の取り組みになると考えました。しかし一方で、私は社員全員にグループの夢を伝えるようにしました。「いずれ必ず皆の力が必要になる。それまであと数か月待ってほしい」と。出向した社員は不安でしょうから、必ずグループに帰れるし、戻ったら任せる仕事があると伝えたかったのです。「働きたい」と熱望する社員がいるとき、職場を提供することが経営者の責任ではないでしょうか。
青木
そうした取り組みの一方で、注力されていた中国事業を撤退されました。その際の迅速な決断には驚かされました。
渡邉
コロナの危機感が日本でまださほど高まっていない時期に、中国直営7店舗を完全撤退すると決断しました。中国進出の布石として新食材の市場を開拓し、「さあ、いくぞ!」というタイミングだったので、社員の多くが戸惑いました。その後コロナが世界中を覆い、完全撤退は正解だったという空気になりましたが、決断当初は反対の声がほとんどでした。私は今回の撤退を、次に攻めるための撤退だと考えています。中途半端に現地に残るよりも、一度引いてビジネスを再構築するほうが賢明だという判断です。
青木
経営者に必要なものは「判断力」「リーダーシップ能力」「実行力」であると私は考えています。そして逆境でこそ、そうした資質が問われます。
渡邉
危機的な状況においてはトップダウンで、スピード感をもって物事を決めるべきだと私は考えています。ボトムアップ型で合議しつつ判断していては、状況の急速な変化に対応できません。社員や会社、お客様に対してもっとも愛情をもち、なおかつもっとも危機感をもって組織のことを考えている経営者が明確に方針を示し、責任を一身に背負って断を下すべきです。
青木
そのぶんトップは、普段からそうした自覚と覚悟をもつべきですね。

守るときは守り、勝機がきたら果敢に攻める

青木
前述したように厳しいビジネス環境ではありますが、渡邉会長はつねに攻めの姿勢を貫いておられます。そして新規事業が、次の時代を予見するようなビジネスモデルになっていると感じます。
渡邉
はい。テイクアウトを軸にした『から揚げの天才』や、ファミリーのハレの舞台を意識した和牛食べ放題『かみむら農場』などを新たに出店しましたが、「まるでコロナが来ることがわかっていたかのようだ」と、社外役員から言われました。『かみむら農場』はコロナショック期間中の2020年5月のオープンですが、手頃な価格で家族のハレの日の食卓を彩る食へのニーズは、コロナ後の社会でも不変だと思っています。そのように新規事業を展開し攻めの姿勢を貫いていますが、置かれた状況は経営者によってさまざまです。『孫子の兵法』に「攻撃は最大の防御なり」とありますが、決してむやみに攻めろとは言っていません。守るべきときは守り、勝機が来たら果敢に攻めよと記されています。
青木
状況に応じて戦い方を柔軟に選ぶということですね。困難な状況だからこそ、新しいアイデアが生まれることもあるでしょう。私は創業3年目のときに大きなピンチに直面し、1億5000万円もの在庫商品を抱えることになりました。そうした窮地を打開するために、必死の思いで開発したのが、以降28年間毎月開催している『頂点への道』講座です。これは後の当社の事業の柱になりました。
渡邉
逆境は人を育てますね。私は10歳の頃に最愛の母を亡くし、それから半年ほどして父が経営する企業を精算しました。愛と金銭を同時に失ったような状態で私は祖母に養われましたが、彼女も当時は生活費に困っていました。しかしそうした逆境があったからこそ、私は社長を目指し、多くの困難を乗り越えてワタミを育てることができたと思っています。いまは、「起きていることはすべて最善」だととらえています。
青木
逆境には必ずそれと同等か、それ以上の成功の種が隠されています。草木が風雪に耐えながら深く根を張り、開花に必要な養分を大地から吸い上げるように、厳しいときこそ次の季節に備えて力を蓄えたいですね。目の前の問題と真正面から向き合い、誠実に対応することで、道は必ず開けます。

天が味方する生き方をして運を味方につける

青木
コロナ禍で自社が苦境に立たされるなか、全面休校に追い込まれた小中学生に向けて、ワタミの宅食さんは50万食のお弁当を無料で支援されました。またその後も『子育て支援』『こどもランチ200円!!』など、社会貢献につながる取り組みを次々に展開されましたね。
渡邉
はい。当初、宅食の無料支援は私が理事長・学校長を務める郁文館夢学園向けに考えていた施策でした。ですが共働きのご家庭はさぞかし苦労されているだろうと思い、一般に向けて50万食を無料提供させていただくことにしたのです。『ワタミの宅食』は全国約500の営業所から各家庭までお届けできる配送力をもっており、そうした企業はそうありません。日本全土が災難に見舞われているなか、我々にしかできないことで社会的責任を果たそうという思いがありました。実施後の反響は大きく、「ありがとう」のお手紙をたくさんいただきましたし、社内の空気が一変して社員のやる気も向上。「父さんの会社、すごい!」と、息子さんから声をかけられた社員もいます。
青木
本当に素晴らしい取り組みでした。渡邉会長はこの9月に『コロナの明日へ』という書籍を執筆されました。そこではコロナ後に起こるであろう、価値観の転換にもふれられていますね。
渡邉
はい。2008年のリーマンショック後は顧客単価の安いお店から復活しました。しかしライフスタイルの変化をともなう今回のコロナショックにその方式は当てはまりません。従来のビジネスモデルが通用しなくなるケースが増えるでしょう。企業として利益を出すことと社会貢献を両立させることが、今後のビジネスのキーポイントになります。先にお話しした循環型6次産業モデル=ワタミモデルは、飲食業という3次産業から食品加工の2次産業、さらに農業という1次産業へとフィールドを広げ、なおかつ環境問題や循環型社会づくりに関わっていくうちに出来上がりました。結果として、SDGsにマッチしたビジネスモデルになったと思います。
青木
ワタミモデルにしても、50万食無料提供にしても、社会貢献という価値観をベースにした取り組みですね。「儲かるからやる」というのでなく、「これならお客様が喜び、社会に役立つ」という発想が根底にあります。
渡邉
私は3度の経営危機を乗り越えました。その時々にはもちろん必死で頑張りましたが、運も良かったと思っています。ではなぜ運が味方してくれたかというと、お天道様が応援したくなるような生き方を心掛けていたからだと考えているんです。努力している人としていない人のどちらを助けたくなるか。誠実な人と嘘つきでは、どちらに肩入れしたくなるか。また利益を独り占めする人とほかの人に分け与える人とでは、どちらの背中を押したくなるか。日頃からそうした視点をもつことが大事だと思います。だから私は経営者の方々に、「運の良い生き方をしてください」と、よく申し上げます。
このような考え方の原点になっているのは、店長としてデビューして2年ほど経ったときの経験です。事業が軌道に乗って年収が増えた際、最初はすべて自分の金銭だと考えていましたが、お世話になった方々のことを思うと「決して自分だけのお金じゃない」と思えたのです。そこで、利益を社員や取引業者様、新しい文化の創造、人類社会への発展などにも役立てていこうという目的を打ち立てました。もちろん自分にも欲はあるので、贅沢をしたい気持ちは生じます。ですがそのつど、「それは自分の生き方に反する」と自省し、これまで歩んできました。
青木
友人としてもお付き合いしているなかでも、渡邉会長の公明正大さをつねに感じています。そのような目的を見据えた一貫した生き様が、運を引き寄せているのでしょう。逆境に立つ経営者にとって示唆に富むお話をたくさん伺えました。本日はありがとうございます。