鋼のメンタルの作り方

メンタルコーチとして数多くの一流選手たちを支援してきた白石教授。白石教授に師事した人には、北海道日本ハムファイターズを、コーチとして2度の日本一へ導いた白井一幸氏、さらにレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップにアジア人として初めて参加し、2017年に年間総合優勝に輝いた室屋義秀氏などがいらっしゃいます。一流の方々に共通しているのは、
スランプや逆境に直面してから、飛躍を成し遂げたこと。
その背景にあったものこそ、メンタルトレーニング。能力開発のスペシャリスト、青木仁志がその秘訣に迫ります。

朝日大学保健医療学部 健康スポーツ科学科 教授
福島大学 名誉教授
白石 豊
1954年、岐阜県生まれ。独自のメンタルトレーニング理論により、女子バスケットボールの五輪日本代表チームをはじめ、スピードスケート五輪銀メダリストの田畑真紀選手、2005年最多勝を挙げたプロ野球下柳剛投手や北海道日本ハムファイターズの田中賢介選手など、数多くのスポーツ選手を指導。さらに、2010年サッカーワールドカップ日本代表、岡田武史監督のチーム作りをサポートした。福島大学人間発達文化学類教授を経て現職。主な著書に『実践メンタルトレーニング――ゾーンへの招待』(大修館書店)、『心を鍛える言葉』(NHK生活人新書)、『本番に強くなる』(筑摩書房)、『勝利する心――東洋の叡智に学ぶメンタルトレーニング』(サンガ)、『日本人を強くする』(岡田武史氏との共著、講談社)などがある。
青木
今日は、朝日大学教授の白石豊先生にお越しいただきました。先生は、アトランタ・シドニー両オリンピック日本代表チームのメンタルトレーナーとしてご活躍され、数多くのメディアにご出演。
これまでメンタルサポートをした方には、北海道日本ハムファイターズの日本一をコーチとして貢献された白井一幸さん、サッカーの岡田武史監督、阪神の下柳剛投手など、メンタルトレーナーとして数多くの一流選手たちをご支援されてきました。
本日は、「鋼のメンタルのつくり方」と題して、一流の方々に共通する強い心のつくり方に迫りたいと思います。先生、本日はよろしくお願いします。
白石
お話ができることを楽しみにしておりました。こちらこそよろしくお願いします。
青木

先生とのご縁は、白井一幸さんからのご紹介ですね。

白石
はい、白井くんは、彼が現役選手の頃から私がメンタルサポートをしていました。当時、白井くんの出身の駒澤大学野球部の太田誠監督から、「白井はすごい選手なんだが、熱心すぎて怪我をしてしまう。余分な力を抜くということを教えてくれないだろうか」とお話をいただいたのですね。当時の彼は、ゴールデングラブ賞を受賞したかと思えば、翌年には怪我をしてシーズンを棒にふることがよくありました。太田監督は、「自分の長い監督生活の中で、練習を少しセーブしたらどうだと言ったのは白井だけだった」とおっしゃっていました。名門・駒澤大学の歴代選手においても、群を抜いて真面目で練習熱心だったのです。
そして私の所でメンタルトレーニングを始め、彼の努力ももちろんあってですが、半年後には守備の日本記録を作るとともに、成績も安定していきました。
青木
名選手を数多く輩出され、メンタルトレーニングの重要性を訴える白井一幸さんも、白石先生からのメンタルトレーニングが土台にあったということですね。白石先生はメンタルトレーニングにどのようにして出会われたのでしょうか。
白石
私がメンタルトレーニングに取り組み始めたのは、十八歳のころ、今からですと約46年前ですね。東京教育大学(現:筑波大学)に入学し、体操競技をやっていました。オリンピックチャンピオンも数多く輩出し続けていた大学ですから、環境としては、申し分ありませんでした。しかし、入部してわずか一ヶ月間で椎間板ヘルニアを患い、動けなくなってしまったんです。とはいえ、当時は過激な体育会ですから、練習を休んで治療に専念するなんてことは許されませんでした。
落ちこんでいた暗い気持ちを何とか前向きにしたいと思っていたところ、大学図書館で手に取ったのが、ソ連の『スポーツマン教科書』。五百ページの分厚い本です。その中にあったある選手の言葉に衝撃を受けました。その一節こそが、「私は体育館で身体を使って練習するだけではなく、頭で体操の練習をする」というものでした。しかもそれを述べているのは、ラリサ・ラチニナという旧ソ連の女子体操の選手。オリンピックで合計金メダルを9個獲得し、今でもギネス2位タイ記録を持っている選手です。
そんなハイレベルの方が「頭で体操の練習をする」と言っていたことに大変驚きました。
青木
今でこそ、メンタルの重要性は広く認知されることになりましたが、当時としては衝撃的な一節ではないでしょうか。
白石
おっしゃるように、「根性、根性」の時代ですから、いかに身体にムチをうって厳しいトレーニングをするか。もちろんそれもハイパフォーマンスには必須条件なのですが、腰が悪くて動けない私にとっては、その一節が、これ以上ない指針になりました。そこから頭の中での練習方法、つまり今でいうところのイメージトレーニング、メンタルトレーニングの一つの領域ですが、その手法を調べ始めたのです。これが私のメンタルトレーニングとの出会いです。
青木
もともとはご自身の怪我がきっかけで、メンタルトレーニングに出会われたと。まさに、「求めよ、さらば与えられん」といえるでしょうか。そういう意味では怪我をしていなかったら出会わなかったわけですから、天の配剤と言えるかもしれませんね。

「一流選手は自信を持っている」ってホント?

青木
先生は、目標達成に大切なこととして、特に「自信」の重要性も強調されていらっしゃいます。おかげさまで、私の『一生折れない自信のつくり方』シリーズは三十万部を突破しました。ここからも分かるように「自信」は世の中の大きなニーズの一つだと思います。自信はどうしたら育まれると思われますか。
白石
ラニー・バッシャムという方が自信について興味深い分析をしています。バッシャムは、アメリカのライフル射撃の選手で、世界的にも有名な選手だったのですが、およそ十年間ずっと2位が続いていました。彼の上には、リック・ライターという同じアメリカの選手が絶対王者として君臨し続けていたのです。
一九七二年のミュンヘンオリンピックでも、前半はリードしていたのに、勝負所でミスが出て、またしても2位だったのです。なぜなのかと、アメリカに帰ったバッシャムは考え続け、彼はある結論を出しました。それは、「万年2位というセルフイメージが自分の中にこびりついているから」だというものでした。
青木
セルフイメージ、自己概念ですね。自分をどのように捉えるかというイメージのことです。
白石
バッシャムは、こう言っていました。「勝負どころになると、2位というのがお前らしい、と内側で語りかけるもう一人の自分がいた。これまでチャンピオンになったことがないのに勝っていいのか」と。
自分のセルフイメージに原因があると捉えた彼は、その後セルフイメージの改造に着手し、四年後のモントリオールオリンピックでは見事に金メダルを獲得します。バッシャムは「自信は、試合に勝ったら持てるのではなく、試合に勝つためにあらかじめ持っておくべきものだ」と言っていますがその通りだと思いますね。
青木
多くの人は、「一流選手は自信を持っている」と考えてしまいがちですが、実は逆なのかもしれません。「自信を持っているから一流選手である」といえるでしょう。
白石
はい、「自信の大きさは、過去の実績に比例する」ではなく、「自分自身のセルフイメージと比例する」ものなのです。ですから、過去の実績のなさに焦点をあてるのではなく、セルフイメージを改善することにフォーカスする。それによって誰でも、自信に満ちあふれた人間になることができます。
青木
これは能力開発の観点からも原理原則と言えるでしょう。そもそも自信とは思いこみですから、自信がある・自信がないどちらも正しいのです。本人が自信があると思うかどうかが、自信があるかないかの基準になりますね。

セルフイメージを高めるアファメーション

青木
自信を高めるために必要なのが、自己暗示だと思います。
私自身も経験がありますが、たとえばブリタニカ時代にトップセールスになったときもそうでした。毎日、朝・晩に六回ずつ、鏡の前の自分に向かって声高らかに「お前はセールスの天才だ!」と叫び続けました。これはまさに自己暗示ですよね。当時の私には、自信も実績もありませんでした。しかし「トップセールスだ」と〝思いこむ〟ことによって、「トップセールスだとしたらどんな行動を取るか」という自己評価の問いが常に生まれるようになり、行動もそこに伴っていきました。セルフイメージは暗示によって作られる、これは間違いありません。
白石

私も青木さんと同じ意見です。セルフイメージを高めるために、私が提唱しているやり方として「自己指示の確認書」(アファーメーション)を作成し、声に出して何度も読むことをお伝えしています。この文章は次の四段落で構成されるのがポイントです。

第一段落 『結果の目標』と期限
第二段落 目標が達成されたときの価値(目標達成の目的)
第三段落 『経過の目標』(達成のための具体的な方法)
第四段落 『結果の目標』と期限

『結果の目標』とは、長期的に成し遂げたい目標。また、『経過の目標』とはそこにいたるまでの段階的な目標です。これを月間・週間・毎日の行動計画にいたるまで詳細に記載します。目標や価値について実際の試合で勝利を収めて、賞賛を浴びている姿を描くのです。「とにかく頑張ろう」「ベストを尽くそう」などといった期日や数値が入っていない曖昧なものは目標ではありません。
これらが盛りこまれた自己指示の確認書を五枚作成し、あちこちに貼って毎日20~30回声に出して読みあげることが重要です。
さらにいえば、〝自己〟指示書とあるように、大切なのは自分でつくることです。仮に他の人が指示書を作ったとしても効果は薄いでしょう。

青木
ナポレオン・ヒルの『成功哲学』にも成功の6つの行動指針として次のようにあります。
①望みの願望を正確に頭に刻む。
②願望を得た見返りを何にするのかを正確に決める。
③望みの願望を手に入れる時期を明確に決める。
④願望を達成するための明確な計画を立て、すぐにその計画を行動に移す。
⑤願望の期限、見返り、計画について明確で簡潔な宣言を書き出す。
⑥書き出した文章を大きな声で毎日読みあげる。その願望を既に手にしている自分の姿を見て感じ、そして信じること。
先生のおっしゃる観点には成功哲学が凝縮されています。これらは一見、シンプルですが、「こんなものに意味があるのか」という否定的な感情に、いかに負けないで実行できるかが鍵ですね。
白石
白井くんも自己指示の確認書を作成してその通りの人生を歩みました。
もう一つ例を挙げると、元日本代表のバスケットボール選手、萩原美樹子さん(現 女子ジュニアナショナルチーム、ヘッドコーチ)も、かつて現役時代にスランプに陥りました。彼女は、肝心なところでシュートを外してしまうことに悩んでいました。私と初めて会ったときも、いかにシュートを外すかを力説していたんですね。
そこで私が問いかけたのは、「どんな選手になりたいのか?」です。彼女は当時世界ナンバーワンのオルテンシアというブラジルの選手のようになりたいと言いました。「なればいいよ。なれるのに、〝シュートが落ちる自分〟を自分が決めている」と伝えると、彼女は非常に驚きました。
確かに、セルフイメージは、実は他者からの声かけも大きな要素です。他者からネガティブな言葉をかけられると否定的なセルフイメージになりますし、逆にポジティブな言葉ですと、肯定的なセルフイメージに繋がります。
しかし、他者からどれだけ言われていても、自分がどう思うかで、セルフイメージは決まります。つまり、先ほどのバッシャムの例に繋がりますが、そうした否定的なセルフイメージを持っているのは他でもない自分の思いこみなのですね。そういう意味で自己指示の確認書や自分自身にかける言葉、セルフトークを活用することが自己イメージを高めます。それに気づいた彼女は、その後、自己指示の確認書を活用し、名実ともに日本のエースになりました。
青木
私は、自己暗示には2種類あると思います。「自己概念(セルフイメージ)を高める自己暗示」と「目標達成のための自己暗示」です。白石先生の自己指示の確認書は両方が包括されていますね。
目標達成のための自己暗示は、定量的である必要がありますが、「自己概念を高める自己暗示」は「お前はセールスの天才だ」のような定性的なものでも構わないと思います。いずれにしろ、自己暗示・アファメーションの力を使っていますね。

一流が実践する、セルフコントロール

青木

どの業界であれ、一流の方々には、勝負どころでこそ生じるプレッシャーがあります。どうしたらプレッシャーに負けないメンタルが作られるのでしょうか。

白石
プレッシャーには「外からのプレッシャー」「内からのプレッシャー」があります。前者は天気・気温・観衆などの外的要因です。これは世界中だれもコントロールすることができません。したがって受け入れるしかないのです。実は実力のあるプロの選手でも、外からのプレッシャーに不満を抱き、つぶれていくことが驚くほど多いのです。
しかし、もう一方の「内からのプレッシャー」は、成功への期待、不安、自信の欠如など、自分の心がつくり出すものです。内からのプレッシャーは自分でコントロールできます。
長島茂雄さんは、プレッシャーがかかるときほど、燃えてきたという意味で、「よしきた!」と口に出していたそうです。宮里藍さんは、普通はゴルフ選手が嫌がる風が強い日ほど、「ラッキー」と口に出していたそうです。私を含めて世界中のメンタルコーチは、「感情(emotion)をコントロールしたければ、行動(motion)をコントロールせよ」と言います。行動をどうコントロールするかというと、勝者のしぐさ、表情、息づかい、言葉などをすべてモデリングしなさいということです。
青木
選択理論では、思考・行為・感情・生理反応を合わせて「全行動」と呼んでいます。先生のおっしゃる「行動」は、選択理論で言えば、感情に先行する「行為」だと言えるかもしれません。
一流の選手は、「思考」をコントロール、つまり外部環境を肯定的に解釈することに加え、口に出すという「行為」によって内からのプレッシャーに勝っていったということでしょう。これは業種・業態を問わず一流と呼ばれる人に共通していると思いますね。

目標達成は願望に始まり、願望に終わる

青木
二〇一七年にレッドブル主催のエアレース世界選手権で日本人初の総合優勝を勝ち取った室屋義秀選手も、白石先生のもとでメンタルトレーニングを積まれたそうですね。
白石
はい。彼は、二〇一〇年に私のところに来ました。私は当時、福島大学で教鞭をとっていましたが、彼の活動拠点もちょうど福島。まったく面識がなかったのですが、私の本を読んで会いにこられ「僕は七年後に世界一になりたい」と言ったんですね。
その後、さまざまなトレーニングを重ねた室屋選手は、昨年、日本人として初の年間世界王者に輝いたのです。
青木
室屋選手は、かつて「世界一のパイロット」を目指し、航空免許を取得。しかし、当時はバブル崩壊や就職氷河期で燃料を買うお金もない、練習する場所もなかったといいます。そこで、無職だったにもかかわらず、当時借金が三千万円あって、それも自分で飛行機を買った借金だと。先生のもとに来たのはまだ実績がないころだと思いますが、当時は成功する理由のほうが少なかったといっても過言ではないでしょう。
白石
そうですね、七年間、彼は紆余曲折ありながらも見事に偉業を達成しました。彼の成功の秘訣はさまざまありますが、まちがいなくいえるのは、目標を強く、強く持ち続けていたことですね。
青木
達成は願望に始まり願望に終わる。能力開発の真髄は、求める心、願望をいかに持つかですね。
白石
どんな一流の選手が私の所にきても、悩んでいるときにまず聞くことは「どうしたいのか?」です。室屋くんの場合は、その願望が非常に明確にありました。どんなにメンタルトレーニングをしても、結局、目標のない人の手助けはできないんです。
青木
鋼のメンタルの根本にあるものも、やはり強烈な願望、燃えるような願望なのでしょう。先生のお話は、一流の方々の実例を通したまさに「人間はその人が考えた通りの人間になる」という証明だと感じました。
さて、実は、今年、白石先生と室屋選手の共著をアチーブメントから出版する予定です。その世界一の軌跡を思う存分、書籍に描かせていただきます。
白石
ありがたいお話ですね。室屋くんとは、七年間にわたってともに目指してきましたので、かなり濃密な内容になると思います。
青木
また、室屋選手は二〇一八年三月に開催される『チャレンジJAPANサミット2018』にゲストプレゼンターとしてご出演いただきます。あらゆる逆境を乗り越え、どのように世界一のパイロットになったのか、その挑戦ストーリーをお話いただきます。ぜひご期待ください。
白石先生、本日は誠にありがとうございました。
白石
こちらこそありがとうございました。私の経験がお役に立てば幸いです。