『実行の壁』徹底解剖! なぜ、人は実行できないのか?

健康のために運動をする、朝早く起きて計画を立て1日を効果的に過ごす、理想のキャリアをつくるために学ぶ。やればいいとわかっていても、「知る」「分かる」と「行う」「出来る」の間には、大きなギャップがあります。このギャップは、決して「意志が弱いから」ではありません。実は、科学的には『行動しないほうが普通』だと言われているのです。一体、何が私たちの実行を妨げているのでしょうか。まずは、行動を妨げる『実行の壁』に迫ります。
 

『実行の壁』
損失は利益の2倍以上の
インパクトを与える▲

1.変化よりも現状維持を選ぶ
ーKahneman & Tversky「プロスペクト理論」より
カーネマンとトべルスキーが1979年に発表した「プロスペクト理論」では、人間は同じ量の利益よりも損失を強く恐れる“損失回避性”を持つことが実証されています。損失は利益の2倍以上の心理的インパクトを与えるのです。新しい行動は、時間や費用、失敗の可能性といった「現状を失うリスク(損失)」を伴います。人間は、この小さな損失リスクを、得られるかもしれない利益よりも過度に恐れます。その結果、「現状維持のほうが安心」だと感じ、実行への第一歩が踏み出せなくなってしまうのです。

 

『実行の壁』
行動=モチベーション×
行動のしやすさ×
きっかけの3要素で
つくられる▲

2.やる気だけでは動けない
ースタンフォード大学の
行動科学者BJ Foggの「行動モデル」より

スタンフォード大学の行動科学者BJ Foggが提唱した「Fogg Behavior Model(B=MAP)」は、行動が起きる条件を“気合い”や“やる気”ではなく、構造的に説明したモデルです。B=MAPとは、Behavior(行動)は Motivation(動機)× Ability(行動のしやすさ)× Prompt(きっかけ)の積によって起こるというもの。たとえ動機が高くても、行動の難易度が高ければ、人は動きにくい。つまり、実行力が弱い人の多くは「能力が低い」のではなく、「行動が難しい状態に置かれている」だけ。環境に誘惑が多い、行動の最初のステップが大きい──こうした“摩擦”が行動を妨げているのです。

 

『実行の壁』

3.先延ばしのメカニズム
ージョージ・エインズリー「双曲割引モデル」より
心理学者のジョージ・エインズリーは「後回しの癖」を数学的に説明しました。人は、将来の大きな利益(例:健康な体)よりも、今この瞬間の快楽や負荷の軽減(例:目の前の甘いもの)を優先してしまうというものです。実行にまつわる負荷は、遠い未来のことなら客観的に評価できますが、実行の瞬間が近づくにつれ、その負荷が過度に大きく見積もられてしまいます。その結果、「ダイエットは明日からにして、今日は甘いものを食べよう」「締め切りの直前にやろう」といった、非合理な決定をくだしてしまうのです。

双曲割引モデルの例▲

 

これらだけではありません。例えば他にも、ロイ・バウマイスターやジョン・スウェラーは、エネルギー切れも実行を妨げるといいます。朝から些細な意思決定や感情のコントロールにエネルギーを浪費すると、本当に重要なタスクを実行する際には、エネルギーが切れてしまう。あるいは、過度な情報を取得すると、実行する際には考える力が欠如し、簡単なタスクに逃げてしまうといったものです。私たちの実行を妨げる罠は、至る所にあるのです。