デジタル技術の革新によってSociety5.0への扉が開きつつあるいま、私たちを取り巻く環境は
変化の速度をよりいっそう増している。いかなる組織も、企業も、そして国家も、この潮流に適応していかない限り
停滞や劣化への道をたどることになりかねない。150年の歴史と伝統を誇る日本の学校教育もまた例外ではない。
ともすれば保守的になりがちな教育界において、勇猛果敢に変革への舵を取る戸ヶ﨑勤氏。施策へ積極的に取り入れているのが、中小企業を始めとする産官学との連携だ。異分野から教育界に新しい息吹を吹き込み、変革の波を巻き起こしている。
その取り組みは、私たちの誰もが「変革の一端を担える」ということを教えてくれる。戸ヶ﨑教育長に話を聞いた。
「社会とつながる教育」への変革
埼玉県戸田市の教育委員会において、斬新な取り組みで教育界に新風を吹き込んでいる戸ヶ﨑教育長をお招きしました。戸田市で実施し、成果を挙げてきた試みを伺いたいと思います。本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。私が教育長に就任して6年が経過しましたが、それ以前の戸田市の小中学校は、県内の他地域に比べて学力、体力ともに低く、非行問題や不登校など、問題が山積していました。教員や管理職も戸田市の小中学校への勤務を第一希望とする者はほとんどないという地域だったのです。それがどの程度変わったかというと、現在は学力で県内トップクラス。体力も全国平均を超えるようになりました。非行問題もほぼ0という学校がほとんどです。不登校はまだ改善の余地がありますが、全体的に状況は様変わりしました。管理職を希望する割合も県内で上位に入るようになり、教員の希望者も明らかに増えています。
素晴らしい。大きな変化ですね。
私の前の教育長が、改革の地盤をしっかり築かれたことが大きかったと思っています。確かな土台があったからこそ、強固な建物を建てることができました。戸田市に限らず、日本の学校教育の課題として私が考えているものは3つの「つ」です。「続ける」「つながる」「使う」という言葉に集約できるのではないでしょうか。変化を起こすために花火を打ち上げることは簡単ですが、継続することの方がより困難。私は続けることを重視しています。「つながる」は、学校同士や教育委員会同士、また社会とのつながり。「変化する社会と学校が、つながっていない」ということは大きな問題です。また現場には様々なデータや経験、ノウハウがあるのですが、それが共有されたり、有効的に使われたりしていない。そうした3つの「つ」を改善するための施策を講じてきました。たとえば社会とのつながりですが、私は教育関係者に、「子どもたちがどういう社会に出ていくか考えていますか?」と常々問いかけています。ペーパーテストを例にとると、いま日本で行われているのは、ひたすら答案用紙と向かい、一人で記憶を頼りに正解を求めるという旧態依然としたスタイルです。そもそもそれに疑問をもたなければいけない。子どもたちが社会に出たとき、同じ状況になることがどれほどあるでしょうか。社会に出れば正解そのものがない世界ですし、むしろ正解というより課題を見つけ出す能力が問われています。
記憶から抜け落ちたものや知らないことは、ネット上で検索をすればすぐに調べられますし、一瞬にして世界中の専門家の知見を閲覧することもできますね。そのようにして集めた膨大な知を活用し、組織の課題を見つけ出す能力や、状況に応じた最適解を導きだす能力こそが、いま問われています。
はい。そして、他人と協力しながら、直面する課題をチームで解決する能力も必要です。そうしたことがしっかりできる人を育てていこうと考えています。
なぜ、教育現場に企業の知見を取り入れなければならないのか?
先ほどの「つながる」にも関連していると思いますが、戸ヶ﨑教育長は積極的に、産官学の知見を活用されていますね。教育界においては珍しいことだと思うのですが。そうした取り組みをされている意図をお聞かせください。
「教育村」「学校村」などと揶揄されるほど、教育界は閉鎖的な側面があります。そうした土壌を改め、地域や社会とつながり、開かれた環境を構築したいという狙いがありました。学校、家庭、地域、企業などが垣根を超えて、未来の学び方や新たな教育システムをデザインすることが肝要だと考えたのです。現在のように変化の激しい時代で、企業が普通にもっている危機意識や変革への思いなどを、教育の場にも入れていく必要があると感じています。
民間企業や教育機関など、合わせて70以上もの組織・団体と交流されているそうですね。ICT(情報通信技術)教育の導入を進める一方、他にも多種多様な取り組みを実施されているとお聞きしました。
ICTはもはやマストアイテムです。特に基礎学習についてはデジタル化をどんどん進めています。またそれと併行してPBL(課題解決型学習)を積極的に導入する二本柱で行うことを、小中学校と共有しています。また「知・徳・体」という学校教育の全領域において、おっしゃるとおり70以上の企業や団体と連携し、教育の質向上に努めています。全国でもこれだけ多くの外部企業・団体と連携している自治体は少ないはずです。また、EBPM(客観的な根拠に基づく政策立案)を推進するために、教育委員会のなかに「教育政策シンクタンク」をつくりました。これは全国の自治体初の試みだと思います。そのシンクタンクにデータサイエンスや教育経済学など、多分野から研究者を入れたいと考え、いま東京大学や慶応義塾大学などと連携しながらプロジェクトを進めています。
変革の波を大胆に推し進めていることがよくわかります。学校での取り組みについて、具体的に教えていただけますか。
PBL(課題解決型学習)の授業でいうと、たとえば小学5年生のある授業では、グループワークによって広報誌を作るという課題に取り組みました。企画の立て方や資料の調べ方、ページ構成のノウハウなどについてネットで調べたり、学外のプロに取材したりしながら、チームでミーティングを重ねて制作し、プレゼンテーションを行いました。企業の方々に審査員をしていただき、生徒が発表を行う『プレゼンテーション大会』というものも、定期的に実施しています。いずれにしても生徒の知的好奇心を刺激し、ワクワクしながら取り組める機会を創出することで、自発的に学ぶ力や仲間と協力し合う力を育みたいと考えているのです。協力いただいている企業は様々で、ICT関連の授業においてはシリコンバレーを本拠地とする名だたるグローバル企業にご協力いただくこともありますが、圧倒的に多いのは中小企業やベンチャー企業です。日本の中小企業の専門性の高さや、創造性、多様性には大きな可能性を感じています。
私はこれまで34年間にわたり、延べ40万名以上の人財育成と、5000名を超える中小企業経営者の教育に従事してきました。そうした経験を踏まえて言うと、日本の中小企業はとてつもない可能性を秘めています。わが国の企業の99%以上を占める中小企業が、それぞれに得意分野の知見や技術を活かして国や地域に貢献できれば、社会を動かす大きな力になるでしょう。そのような中小企業の力を、教育の場にいち早く取り入れている戸ヶ﨑教育長の卓見と、すぐれた手腕に改めて感服します。
「本物」がもつ力が、モチベーションを高める
戸ヶ﨑教育長の取り組みを深く伺うにつれ、アチーブメントの理念や展開する事業と相通じるものがあると感じます。
私たちアチーブメント社が取り組んできたのは主に社会人教育で、当社が提供するすべてのプログラムは、選択理論心理学が土台となっています。この理論は米国の学校教育やカウンセリングの現場、職場のマネジメントに広く活用されており、評価が高い学術理論です。そうした教育プログラムを提供している私たちがもっとも大事にしているものの一つが、「内発的動機付け」です。外からの刺激ではなく、自身の内から生ずるモチベーションを推進力にして、目的達成に向けてプランを立て、自らアクションを起こす。そのようなサイクルを作ることが、成長を加速させるために、人生の目的を果たすために、必要なことだと考えています。戸ヶ﨑教育長の取り組みを伺い、私たちアチーブメントと同じ価値観をもっておられると感じています。
内発的動機付けは、私もことのほか重視しています。モチベーションが上がらないと、人は学ぼうとしません。良いものを与えたとしても、心がそこになかったら見えもしないし聞こえもせず、何も吸収しません。学習者のモチベーションを高めることが、教育者の大きな役割の一つでしょう。そのために意識しているのが、子どもたちに「本物」を見せるということです。産業界や研究機関の力をお借りすることで、社会で活かされている「本物の技術」や「最先端の知見」に触れることができ、大きな刺激をいただけます。教科書のなかに書いてあることだけでは、心を揺り動かすことは難しい。好奇心を刺激する豊かな知見や技術は、市井に溢れている。そうした思いが、私たちの取り組みの背景にあります。やはり夢やワクワク感がないところに、新たな意欲は生まれません。
本物には他が及ばない説得力があります。それに触発されたときの感動が、人生を大きく変えることもありますね。
はい。その意味でも、ぜひ青木社長に講演などでご協力いただきたいと願っています。
もちろん、喜んで伺います。理念に共感でき、社会に役立つことであれば無償で協力します。当社は教育機関にも多く関わっており、近年ではメジャーリーガーの大谷翔平さんが卒業された花巻東高校や、筑波大学とも提携し、当社の教育プログラムを導入しています。ぜひともに教育の未来を作っていきましょう。
本日はありがとうございました。
戸田市教育委員会 教育長 戸ヶ﨑 勤
戸田市及び埼玉県教育委員会、小・中学校長等を経て、2015年度から戸田市教育委員会教育長に就任。内閣「教育再生実行会議技術革新WG」有識者、文部科学省「全国的な学力調査に関する専門家会議」「中教審初等中等教育分科会」、経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」委員など歴任。
戸田市及び埼玉県教育委員会、小・中学校長等を経て、2015年度から戸田市教育委員会教育長に就任。内閣「教育再生実行会議技術革新WG」有識者、文部科学省「全国的な学力調査に関する専門家会議」「中教審初等中等教育分科会」、経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」委員など歴任。