産学連携で学校スポーツ教育を変革する パートナーシップが始動

産学連携で学校スポーツ教育を変革するパートナーシップが始動

近年、さまざまなトラブルが表出している学校スポーツ。その根底には勝利至上主義が根づいており、「勝たなければ意味がない」という価値観に指導者や選手らが縛られ、さまざまな歪みが生じている。また高圧的に叱る、脅す、罰するなどの方法によって選手をコントロールする習慣が、いまだに横行している。そうした価値観に一石を投じる試みを行っているのが筑波⼤学だ。アスレチックデパートメントを設立し、学校スポーツの変革に取り組んでいる。今回は同大学の永田学長を招き、アチーブメント株式会社青木仁志が対談を行った。

筑波大学アスレチックデパートメントとは
「最高の学校スポーツプログラムを創る」をビジョンに、スポーツからの教育変革を成し遂げるために、筑波大学内で立ち上げられた組織。学校が責任を持つスポーツ活動の確立と人材育成、「学校にスポーツがあることの価値」を最大化する貢献事業の創造、全国の学校に取り組みを広く共有し新たな学校スポーツを共に創り出す、の3つを基軸とした取り組みで、学校スポーツ教育の変革を目指している。

勝利至上主義の風土に変革をもたらす教育の存在

青木
筑波大学さんは国内の他大学に先駆けて、2018年にアスレチックデパートメントを設立されました。学校スポーツにおいてさまざまなトラブルが起こっているなかでの取り組みですが、新組織に対する永田学長の思いをお聞かせください。
永田
「学校でスポーツを行うことの意味と責任」を明確にし、「学校内のガバナンス」「安全対策」「人材育成」「貢献事業の開発」を担い、それらの取り組みを教材化することを通して、「日本社会における学校スポーツの発展」に貢献する──。私たちはアスレチックデパートメントの使命をそのように考えています。この組織を設立した当時は、ある大学の部活動における不祥事がクローズアップされていましたが、その一件は我々が学校スポーツについて考え直す大切な機会になりました。⽇本の学校教育において、スポーツは常に「順位を競うもの」として扱われ、勝つことを至上とする価値観が根づいています。勝利を目指して日々努力する。もちろんそれはとても大切なことです。ですが、勝つこと以外は無価値だという考えが行き過ぎると、勝利のためには手段を選ばないという極端な考え方に行きつくこともあります。また逆に、負けることに価値はないのでしょうか。私はそうは思いません。たとえば本学は、2021年箱根駅伝の予選会において、総合タイムがわずか18秒差で11位になり、10位までの大学に与えられる出場権を逃しました。もちろんとても残念なことなのですが、その負けに価値はないのかというと、そうではありません。10位までに入った大学に比べてきっと何かが足りなかったのでしょうが、それをしっかり振り返って改善し、精神的、肉体的に自身を高めることができれば、人間的な成長につながります。それこそが、学校スポーツに大切な要素なのではないでしょうか。
青木
同感です。私は34年にわたって社会人教育の場に身を置いてきましたが、会社設立当初に教育基本法を改めて確認しました。その第一条に「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とありますね。つまり教育の目的は、人格の完成を目指すことにあると記されているのです。教育の場で行われるスポーツであるのなら、やはり教育の目的に立脚すべきでしょう。
永田
はい。そこがプロスポーツと異なる点です。学校スポーツにおいては、教育的な観点がより肝要になります。勝敗にこだわり、勝利を目指してチームづくりをし、練習を行い、目標を達成するために精進する。そのような努力を最大限に行いながらも、負けたときに指導者や学生本人が、そこから何を学ぶか。その体験を後の人生にどう活かすのか、ということが大切になってきます。そうしたことが自然にできるようサポート体制を構築していくことが、本学アスレチックデパートメントの重要な役割です。

筑波大学╳アチーブメントで変革プロジェクトを始動

青木
今回、当社は御学とパートナーシップ契約を結び、スポーツ教育の変⾰に向けたプロジェクトを始動することになりました。大学スポーツにおいて多大な実績を挙げてきた御学の指導経験と、社会⼈向けの教育研修・組織変⾰に34年従事してきた当社の経験を融合することになるわけですが、永田学長が当社に期待されていることをお話しください。
永田
パートナーシップ契約を結ぶことになった最大の要因は、理念を共有できたことです。スポーツにおける「本当の勝利」とは、結果はもちろんですが、それよりも⼈間的な成長にあるという考えが一致しました。今回のプロジェクトで御社にもっとも期待することは、やはりプロジェクトのマネジメントと、アウトカムを出すための仕組みづくりです。私たちは教育・研究のプロフェッショナルなので、学生を指導するということに関しては自信があります。しかし組織を運営して成果を挙げるということに関して、大学関係者は不得手なところがあります。そういった点で、御社が長年にわたって培ってきた知見を、本学の関係者に学んでほしいと思っています。
青木
ありがとうございます。私たちは「問題解決のノウハウを提示するコンサルティング」ではなく、「問題解決ができる人材を育成する研修コンサルティング」を追求している企業。重視しているのは、〝人間力の開発〟です。そういった側面から、御学のプロジェクト成功に貢献できると考えています。いま指導のお話がでましたが、人を育てるために大切なことは何だと思われますか。
永田
人は誰しも「これをしたい」「これを知りたい」という欲求をもっています。現時点でそれが何かわからないとしても、幼い頃にまで遡って考えると、どうしてもこれをしたかったという情熱の萌芽を必ずもっているはずなんです。そうした情熱を上手く引き出しその上で小さな成功体験をすると、その人は伸びます。それができる環境を用意してあげることが、教育の場には必要だと思います。
青木
なるほど。そのためにも、指導者は相手に対する関心や理解、思いやりの心が大切になってきますね。
永田
はい。人を育てるために欠かせないものは、やはり相手への愛情です。
青木
とても共感します。当社は全くノルマがないのですが、毎年前年度を上回る業績を挙げています。なぜかと考えると、社員一人ひとりが目の前のお客様を喜ばせたいと思っているからです。先ほど永田学長がおっしゃった情熱を大切にしています。こうしたものはお金では買うことができません。当社の価値ある資産だと思っています。スポーツの話に戻ると、そのような個々の情熱、欲求が競技と結びついたとき、「自主性」が生まれます。それがあれば、叱ったり脅したり罰したりという外的コントロールを使わなくても、学生は目的に向かって自主的に、力強く進めるようになる。メンバー全員のそうした情熱を引き出し、まとめられたチームこそ最強でしょう。そのような選択理論的な指導ができるリーダーが、この先の社会では求められているのだと思います。そうした側面からも、アスレチックデパートメントとともに取り組んでいきたいと考えています。

この国がもつ「信頼の基盤」を、より強固にしたい

青木
これからの日本の教育ということについて、永田学長が考えるビジョンを聞かせていただけますか。
永田
日本人に一番合っているやり方で、日本人のよいところを、どのように導き出すかということが重要なポイントになるでしょう。科学技術でも人文社会科学でも、またビジネスにおいても、「信頼」という概念をつくり出せるのは日本人の特性ではないかと私は思っています。たとえばものづくりにしても、「そんな壊れないものをつくったら儲からない」と外国人から言われるほど立派なものをつくる。そうした姿勢が社会に「信頼」という基盤を形成しているのが、日本という国ではないでしょうか。そうした基盤を無意識のうちに共有しているため、人への共感や高い倫理観などが、国民の間で保たれていると感じます。主義主張や心情が違ったり、文化や宗教が違ったりしていても乗り越えられる「信頼の基盤」を、より強固にしていくことが大学の役割の一つだと思っています。「信頼とは」を学問として追求し、教育としても基盤としていきたいですね。
青木
信頼を基盤とした社会の構築ですね。深いお言葉だと思います。私は教育に対する期待として、「人生の目的」と出合う場であってほしいと願っています。人生の目的を学生時代に見つけられれば、社会に出てからより逞しく前進することができるはずです。
永田
そうですね、先ほども申し上げたとおり、「これをしたい」「これを知りたい」という人間の原初的な欲求は、研究においてもビジネスにおいても、大きなエネルギーになりますね。そうしたものを学生時代に見つけられれば幸いです。教育研究の場で教員が学生と真剣に向き合うことで、その可能性は高まることでしょう。アスレチックデパートメントの活動も含めて、そうした環境を築いていきたいと思います。
青木
本日はありがとうございました。
筑波大学長 永田 恭介
1953年生まれ。1981年東京大学薬学研究科博士課程修了。1991年東京工業大学生命理工学部・助教授、2001年筑波大学基礎医学系・教授、2004年筑波大学大学院人間総合科学研究科・教授、2011年筑波大学医学医療系教授、2013年筑波大学長に就任。2019年国立大学協会会長に就任。専門は分子生物学。