崩壊寸前の組織を立て直した理念の力「愛」を届ける決意がもたらした空前の大ヒット

1st PLACE株式会社 代表取締役社長 村山 久美子

ボーカロイドとして登場し、動画はYouTubeで3億回以上の再生回数を記録しているヴァーチャルアーティスト「IA(イア)」。スクリーンのなかにいるキャラクターでありながら、そのライブツアーは、ニューヨーク・ロンドン・上海など世界12都市以上で催され、今や世界に愛される歌姫にまで成長しています。その生みの親こそが、1st PLACE株式会社の村山 久美子氏です。2次元のアーティストが一般的でなかった時代に、まったく新しいエンターテインメントをつくり出した業界の革新者として知られていますが、「IAの成功と同時に起きた数々のトラブルで、当時の会社は崩壊寸前でした」と話します。ヒットの裏側で生じた会社の苦境とは。そしてその危機をどう乗り越え、社員の一致団結を醸成し、周囲の協力を集めてきたのか、そのストーリーを伺いました。

「幸せな芸術」を掲げて起業。売上は急増するも…

2004年、ある強い思いを持って、1st PLACEを設立しました。
エンタテイメント業界は一見華やかに見えますが、成功したにもかかわらず、「幸せではない」と感じる人も少なくないのです。

好きな仕事で成功したのに不幸せ。

このことに違和感を感じていたとき、その大きな理由は、「夢の叶え方」にあるのでは?と考えるようになりました。

例えば、自分の創造性を自由に発揮できないまま、多くの制約の中で創った作品がヒットすると、それがその人の代表作として付いてまわる。
その繰り返しの中で、クリエイトすることが、いつの間にか作業になっていき、「創作」と「作業」のギャップで苦しむ人も多いのです。

また、「才能」の評価基準が曖昧かつ本質的ではないケースもあり、多くのアーティストは事業化のテーブルにすら乗らないような仕組み。
芸術において、これって順序が逆ではないだろうか?という想いが強くなったのです。
収入は上がっても、当の本人の納得感がなければ、苦痛の毎日です。

アーティストがもっと自由に、幸せに作品を生み出せる場をつくりたい!それが起業のきっかけでした。

『KEEP HAVING FUN!』が当社の理念です。

多くの人々に感動や楽しさを提供する仕事だからこそ、自らが楽しみ幸せを生みだす源でありたい。
個人であれ会社であれ、一秒でも長く幸せが続いたほうがいい。
アーティストや自分たちが楽しんで創作すること。その想いも含めてエンドユーザーに届ける。
そんな「愛」に溢れた創作の場であり続けようという思いを込めています。

「IA」が誕生したのは、創業8年目。
世界に通用するボーカリストになる夢を掲げ、ともに活動してきたアーティストが結婚出産で休業することに。
休業中も彼女の歌声を世間に届けたく、声を音声合成ソフトウエアにし、自分たちの夢や想い、企業理念を託し、魂と人格を持ったヴァーチャルアーティストとして「IA」を創造しました。

「プロ」ではあったが「経営者」ではなかった

IAのプロジェクトが成功し、世界を飛び回る日々が続きました。
同時期に、全く別の新プロジェクトでも大ヒットを飛ばし、会社の規模は一気に成長。
売上も急激に伸びました。

結果、ちょっとした事故状態に陥り、会社に寝泊まりが当たり前の毎日。
社員を見ると、心も体も疲弊し、楽しかったはずの仕事が苦痛に変わっていったのです。

仕事を回すために、次々と中途採用し、社員数が2倍になりましたが、誰一人幸せではない。
それどころか、多種多様の正論が社内で飛び交い、足の引っ張り合い、手柄の取り合い…。
理念とはほど遠い光景が、眼前に広がっていました。
いつしか、税務相談の定例会議で、社員の相談ばかりしていました。

そのとき勧められたのが、アチーブメント社の『頂点への道』講座です。

「会社は経営者以上の器にはならない」

という青木社長のメッセージに、経営の技術を持っていなかった自分の非力さを思い知らされました。
私はプロのプロデューサーではありました。でも、経営者ではなかったのです。

あらゆるところに理念を登場させ、社員の誇りを呼び起こす

良い経営者とは、周囲を支援し、力を借りられる人。
そう学んでから、社員一人ひとりと面談をし、願望を聞くことから始めました。

経営者という、彼らの人生を預かる存在でいながら、彼らの夢や理想を何一つ知らなかった自分に気づかされました。

同時に、理念に立ち返り、全社員に「理念経営をやり直す」と宣言。
多忙で廃止した朝礼を復活し、理念唱和や理念浸透プロジェクトに着手。

突然の提案に社員は、「社長はどうかしたのではないか」と激しく動揺しました。

生活が不規則になりがちなエンタメ業界ですから、当初、朝礼の集まりは悪かったです。

それでも継続し、業務週報に「今週のKEEP HAVING FUN!」という項目を設け、理念の実践事例を報告するなど、各所に理念を登場させました。

また、素直にみんなの力を借りられるよう、業務を書き出し、緊急度と重要度の点数をつけて可視化。
自分にしかできない仕事、ほかの人に頼める仕事を仕分け、頼める仕事は誰かにお願いするという働き方に、社員と一緒に取り組みました。

一年後、「社長が理念浸透頑張っているなら、付き合ってやるか」という雰囲気が漂い始めました。二年後、社員の中に、理念を誇りに思う気持ちが芽生え、何かを決めるときには、理念を基準に判断するように。

その頃から、私が決裁すべきことが激減。
社員が自分で判断し、動けるようになったからです。
その反面、理念に共感できない約半数の社員が次々と離職しましたが、この経験から採用は吟味に吟味を重ねる、という慎重さも身につきました。

一致団結したチームで、世界中に感動を届けている  (創立15周年イベントの様子)
一致団結したチームで、世界中に感動を届けている (創立15周年イベントの様子)

自分たちが「楽しい」からこそ、「楽しさ」を届けられる

荒れ果てた戦場だった社内は、次第に「皆で話し合い、皆で考える」場へと変わっていきました。
その間、社員の誕生日会や理念勉強会など、あらゆることを取り入れていきました。

振り返ると、それは会社にとって一番大切な社員の幸せに軸を据えた「インサイド・アウト」の経営へと切り替えていった過程でした。

短期的な売上や成長だけを見た経営ではなく、長期的に身近な社員やアーテイストが幸せに働ける会社。
起業のときに掲げた思いに立ち返ったのです。

もちろん新たな取り組みだけではなく、社員を犠牲にすると感じた仕事は、大型プロジェクトだったとしても徹底的に削ぎ落としていきました。
そんな社内の変化と比例するように、社員が一致団結し、結果的に「IA」は世界を熱狂させるヴァーチャルアーティストへと育っていきました。

社員への負担が軽かったわけではありません。しかし、そのような状況でも「IA」は私たちの聖域のような存在で、前例がないテクノロジーを駆使するハードな現場でも、期待以上のものを作り上げよう!という関係者の気概を生んでくれるのです。

コンサートの舞台チームやバンドメンバーの方々が、「IAちゃんの現場は楽しいから最優先でやるよ」と言ってくれるのが本当に有難いです。試行錯誤を重ね、自由な発想でとことんこだわったコンテンツを創る。お客様の喜ぶ顔を思い浮かべながら、愛を注ぎ込む。
多くの遠回りをし、沢山の勉強代も払いましたが、これが健全な芸術であり、幸せな現場なのだと、実感できています。

ワールドツアーで出会った世界中のファンから「IAに命を救ってもらった。生きる目的ができた。」という声を多くいただきます。
内向的だった自分を変えてくれたのが「IA」だと。

そんな幸せそうな姿を目にするうち、「ライブ中の幸せな気持ちを、現実に戻っても持続できるエンタメを作れないか?」と考え、最新公演の「ARIA」というミュージカル&ライブショーを制作しました。
「宇宙の全ての生命は、愛と平和で共鳴している。どこにいても私たちは愛で繋がってるよ」。
そんなメッセージを込めています。

私は思います。
コンテンツに込めた愛は、手に取る人、見る人に必ず伝わると。

当社はまだまだ成長過程の会社ですが、『KEEP HAVING FUN!』の理念のもと、社員、パートナー、ファンとの強い絆を宝に、エンタメで愛を発信し続けたいと思います。