主体性を引き出していく上で、選択理論で提唱されている内発的動機づけのアプローチを組織に応用していくことは鉄則とも言えます。しかし、それをどうすればいいのかと疑問に思う方も少なくないでしょう。クオリティスクールではどう実践しているのか?その具体例をご紹介します。
卒業生の進学先のほとんどが難関大学にも関わらず、教師からの厳しい指導や強制的な学習の仕組みを必要とせず、生徒が主体的に学ぶ学校があります。
そこでは、選択理論を基にしたユニークな取り組みが行われ、生徒たちは成績優秀なだけでなく、スポーツでの受賞歴も多数。
なにより、不登校生は一人も存在しません。
仮にいじめのような人間関係の問題が発生しても、解決に向かい生徒同士がお互いに話し合うそうです。
まさに奇跡とも言えるこの学校の名は、Rochester School。
コロンビアのボゴタにあるこの学校に直接取材に行ってまいりました。
いかにして選択理論を教育に活かし、生徒の主体性を引き出しているのか、その取り組みをご紹介します。
実在した〝奇跡〟の学校世界有数のクオリティスクール
グラッサー博士の提唱する「選択理論心理学」を基にしたクオリティスクールは、現在世界に23校あると言われています。
そのどれもが、生徒の主体性を育む教育を行っていますが、中でもRochester Schoolの教育は特に先進的です。
生徒の進学実績だけでなく、部活動での入賞実績も非常に多く、日本の文科省にあたる機関から優良校としての表彰も受けています。
この輝かしい実績の背景には、さまざまなユニークな取り組みがありました。その中でも、特にご紹介したいポイントが3つあります。
強制ではなく、自ら学ぶ
選択理論の最大の特徴は、人は外部からの刺激ではなく、本人の願望に向かって、内発的に行動するという考え方です。
Rochester Schoolでも、さまざまな教育にこの考え方を取り入れています。
その一つに、「グラウンドルール」というものがあります。それは、グループ全員で前提にするルールをいくつか決めて、それに沿って発言や行動をする方法です。
たとえば「仲間の意見を否定しない」や「学んだことを積極的に仲間にシェアする」といったルールを、先生ではなく生徒たちが自分で考えて決めていくのです。
そうすることで、自分たちでクラスや授業をつくっているという実感を持ち、主体性の醸成に繋がるのです。
ほかにも、生徒が先生のことを評価するアンケートを実施する授業もあり、先生から生徒へという一方向のコミュニケーションではなく、生徒から先生へのフィードバックという双方向のコミュニケーションを取り入れることで、授業を一緒につくっているという意識を持てるようにしています。
もう一つ、効果的な内発的動機づけを基にした取り組みとして象徴的なものは、校内の学習環境です。
生徒が学習する教室は、一部の特殊な教室を除いてすべて「円形」で席が配置されています。
図書館の一部の部屋も円形になっています。
これには大きく二つの意図があり、一つ目は「ともに学ぶ仲間には上下関係はなく、対等な関係であることを自覚してもらう」ため。
二つ目は「仲間同士の目と目を合わせたコミュニケーションを増やす」ためだそうです。
これは選択理論の「共同学習」という考え方を取り入れた事例で、生徒同士が一緒に学びやすい環境を整えることで、生徒の学習意欲を高めることに繋がっているのです。
生きている教材から、体感で学ぶ
Rochester Schoolでは、選択理論の考え方を授業や教室に活かして生徒の主体性を育むだけでなく、理論や考え方そのものも教えています。
授業で扱うことはもちろん、Rochester Schoolならではのユニークな取り組みとして、施設全体でさまざまな実習を通して学ぶ点があげられます。
たとえば、身につけたい7つの習慣を学ぶ取り組みとして、植物を育てる実習を行っています。
「意見の違いを交渉する」の立て板の後ろには、さまざまな種類の木が植えられており、そこには「植物は共存するために、お互いの違いについて交渉し合う必要があります。
色も形も大きさも違うけれど、ともに存在する強みを分かち合い、より長く、よりよく育つのです」と書かれています。
このような取り組みが行われる施設全体が「Living Textbook(生きている教材)」と呼ばれています。
生きた命に触れるというリアルな体験を通して、自分の言動がほかの物に与える影響を学べるからです。
さらに、自然環境の保護活動に力を入れており、校内の至るところでその取り組みに触れることができます。
校内には太陽光パネルや下水処理施設が存在し、それらを用いて節電や節水を徹底しています。
また、ごみの分別を徹底していて、有機物と無機物を分けています。
そして、その有機物のごみをリサイクルして土や肥料に変えて、土や肥料を用いて、生徒は自分たちで植物を育てる活動をしています。
その活動を通して「自分たちの使ったものが、自然環境の中で循環していること」を学んでいます。
生徒に自身の日常の一つ一つの行動が、周りの人はもちろんのこと、周囲の環境にも影響を与えているということを自覚してもらい、彼らの責任感や当事者意識がめばえるのを育んでいるのです。
責任感や当事者意識は、言葉による伝達だけでは実感を持たせることは難しいですが、Rochester Schoolでは学校の施設全体を「生きている教材」に見立てて、生徒が体感できるように工夫しているため、彼らの中に「生きた知恵」として定着しやすいのです。
実践レベルで学びを活かす
3つ目のポイントは、学びを体験で終わらせず、理論にしっかりと落とし込み、日常生活の実践に活かしているということです。
Rochester Schoolでは、中学生から「カラーチャート」で、選択理論を学びます。
「カラーチャート」とは、選択理論の考え方で「人の脳のメカニズム」を説明した図です。
リアリティセラピー講座を受講されている方ならお分かりかと思いますが、決して簡単ではないこの図を、Rochester Schoolの中学生は説明することができるのです。
それだけではなく、リアリティセラピーのカウンセリングロールプレイも行います。
悩みや問題を選択理論的に解決するサポート役を演じながら、何度もカウンセリングのシミュレーションに取り組んでいきます。
他人の葛藤という現象を客観視し、的確な解決法を見つけるサポートをするというプロセスが、何よりも自分自身の問題解決能力として蓄積されていきます。
思春期の子どもたちに多い、友人との関係、先生との関係、親との関係での問題が発生したときに、実際に練習をしてきた選択理論的に葛藤を処理する方法を、彼らは自分自身に当てはめて問題解決をしていくのです。
それが理論を知るだけでなく、「実践レベル」で選択理論を使えているという状態をつくり出すのです。
教える人が最も学びを体現している
ここまで、さまざまな取り組みを紹介してきました。
しかし、生徒の主体性を育み、自発的な成長を作り出すのは、当然、仕組みだけではなしえません。
何よりも大切なのは、関わる教師のスタンスです。
教師自身が選択理論心理学を学び、体現していないと、仕組みや学習内容は生かされません。
実際にRochester Schoolの教師は全員、リアリティセラピー講座を受講しています。
「人はコントロールできない」ということを、自身の在り方に落とし込んでいる教師がいることで、選択理論心理学に根ざした指導ができるのです。
そして、Rochester Schoolでは教師だけでなく、生徒の保護者も選択理論を学んでいます。
選択理論心理学の勉強会を学校が開催しており、保護者は例外なくこの勉強会に参加しています。
また、更に学ぶことを希望する人にはリアリティセラピー講座を案内しています。
学校に通っている生徒だけではなく、その親も学ぶことで、よい子育てができているのです。
実際に、Rochester Schoolを通して選択理論心理学に出会い、人生が大きく変わった保護者もいました。
その方は、勉強をしない5歳の娘に、「そんなんだったら学校に行かせないよ!」と脅していましたが、娘はそれに対して「私は今の学校生活に問題は無いと思う。ママはどこを問題に感じているの?私たち話し合ったほうがいいと思う」と言ったそうです。
それは、まさに「意見の違いを交渉する」でした。
そのことに驚き、選択理論心理学に興味を持ち、学び始めてから、「自分は自分が望んでいる人生を生きていると思っていたが、実際には『ねばならない』という思考の中で、自分の人生を選択していたことに気付いた」そうです。
今では、本当に求めているものを考えながら納得した毎日を生きており、もちろん娘との関係も良くなったということです。
こうしたさまざまな情報に触れ、選択理論を学ぶ環境が整っているRochester Schoolが目指す未来とは一体なんでしょうか。
経営者であるパブロ氏に伺いました。
クオリティスクールの見据える未来とは?
「私たち人類は、ほかの生物と違い、同一種の中で破壊し合っている。人類はもっとお互いを助け合わなければならない」
「地球を一つのシステムと捉えた時に、私たち人間の行動がどれくらいそのシステムに影響を与えているのかを知る必要があるのです」
パブロ氏が力強く語るこの考え方は、まさに選択理論の「責任の概念」です。
「他の人々の欲求充足を妨げることなく、自分自身の欲求を満たすことが、本人の責任である」という考え方であり、すべての人がこの考えを持ち、今世の中に存在する争いや環境問題を無くしていくことこそがこの学校の使命だといいます。
だからこそRochester Schoolでは、生徒に自分たちの行動がいかに周囲の環境や地球そのものに影響を与えているかということ、だからこそ自分たちの「選択」が地球を守ることや世界平和に繋がるということを教えているのです。
選択理論を活用したさまざまな工夫や取り組みがありましたがいかがでしょうか。
生徒をコントロールしようとするのではなく、学びの価値を伝え、自ら学びたくなる関わりこそが、主体性を引き出す上で欠かせないスタンスなのです。