「人づくり」から始まる「モデル都市づくり」 官民一体で次代を創出

第21代 岐阜市長 柴橋 正直
アチーブメント株式会社 代表取締役会長兼社長 青木仁志
アチーブメント株式会社 顧問 木俣佳丈

日本の活力向上のためにも、各地域の自律的かつ持続的な成長が望まれるなか、全国のさまざまな地域で新たな試みが行われている。そうしたなか、類まれなリーダーシップと実行力をもって市政に取り組む ことで、注目を集めているのが岐阜市長の柴橋正直氏。「人」を中心に据え、民間の力も大胆に活用しながら、力強く地域を牽引している。今回は、JPSA会員でもある柴橋氏とアチーブメント株式会社・青木仁志、同社顧問の木俣佳丈氏による鼎談が行われた。

正解の見えにくい時代は「人」中心の発想が肝要

木俣
本日は柴橋正直岐阜市長にお話を伺います。柴橋市長は衆議院議員として国政に携わった後、県庁所在地の市としては最年少の38歳で岐阜市長に就任されました。『頂点への道』講座を学ばれ続けている受講生のお一人でもあります。

 

青木
私は衆議院議員の頃から存じ上げていますが、表裏のない清廉潔白なお人柄が素晴らしく、政治家である前に一人の人間として尊敬できる方だという印象を持っています。約2年間にわたって市政に携わってこられたわけですが、どのような手応えを感じておられますか。

 

柴橋
ありがとうございます。日々市政に携わるなかで、地方自治は社会の縮図そのものであると実感しています。前向きな良い話もありますが課題も多く、人口減少や少子高齢化、いじめなど教育現場のトラブル、地域社会の弱体化など、多様な問題が日々動いています。このように言うと苦労が多いように感じられるかもしれませんが、やりがいがあり、政治家冥利に尽きます。これまでの40年間の人生と、15年間の政治家経験をフル稼働させて問題に取り組んでいます。

 

青木
以前にスケジュールを聞いて、その多忙ぶりに驚かされました。市長としての公務に加えて、200以上のさまざまな団体の責任者も引き受けていらっしゃる。本当に頭が下がる思いです。そうしたなかで『岐阜都市圏100万人プラン』を掲げ、さまざまな施策に取り組んでおられますね。

 

柴橋
はい。同プランは「成長都市の基盤づくり」「こどもファースト」「働く場づくり」など5つの重点分野を設定し、岐阜市を成長都市にしていこうというものです。一昔前の高度成長期には人口増加が前提としてあり、大量生産と大量消費によって経済を成長させていくという、成長への明瞭なモデルがありました。現在は事態がより複雑化し、価値観も多様化しています。問題はあっても、模範解答を見いだしにくい時代だといえるでしょう。そうした難しい時代にあっても、常に「人」を中心に据えて市政に取り組むことで、よりよい知恵を創出できるのではないかと考えています。

 

木俣
以前から「地域づくりは人づくり」という指針を掲げられていましたね。特に子どもの教育分野については、並々ならぬ思いをお持ちでした。

 

柴橋
はい。教育は私が特に注力している分野の一つ。教育によって選ばれる街を目指し、岐阜市は「子育て・教育立市」の旗を掲げてきました。ですが、2019年に大変悲しい事件が起こってしまいました。公立中学校での、いじめによる生徒の自殺です。私たちはこの問題を重くとらえ、「岐阜市公教育検討会議」という組織を市長直轄で設置し、市の教育の在り方を活発に議論しています。この会議には、日本選択理論心理学会会長の柿谷正期先生にも委員になっていただきました。

 

青木
柿谷先生は選択理論を日本の教育に導入しようという試みにも、現在、積極的に取り組まれています。

 

柴橋

はい。そうしたお立場から、貴重なアドバイスをいただいています。また、もう一つ注力しているのが不登校の問題。2021年4月に不登校の生徒のみが集まる学校を開校する予定です。通常の学校より授業時間を少なく設定し、そのぶん一人ひとりに合ったオーダーメードの教育を行います。これは公立中学校としては、岐阜県内初の試みです。

いじめによる悲痛な事件が起こりましたが、それを教訓として知恵を出し合い、新しい教育の形をつくりたいと考えているのです。教育分野では少子化に起因するさまざまな問題がありますが、生徒が減っているということは、逆に一人ひとりにフォーカスした教育ができる時代です。

未来ある子どもたちが、幸せな人生を歩むためのベースをつくる教育環境を整えていきます。

 

青木
素晴らしい取り組みですね。不登校の生徒が増える原因はさまざまでしょうが、端的にいうと学校が面白くないからではないでしょうか。なぜ面白くないかというと、生徒自身が学ぶ目的を自覚できないからです。何のために、なぜ学ぶ必要があるのかということが不明瞭で、学習内容を実生活や将来の夢などに結びつけて考えられない。そこに大きな問題があると思います。そのような状況を改めていくためには、日々生徒と接する教員の質を高めていく必要もあると感じています。

 

柴橋

大いに共感できるご意見です。教員という職に就いた後も、いかに継続的に能力を高めていくかということは大きな課題です。私は岐阜県の教育長と意見交換し、県と市が密に連携しながら、教員向け研修を行っていこうという合意を得ました。今後の取り組みに期待していただきたいと思います。

また2018年には、全国的にもまだ珍しい「幼児教育課」というものを、教育委員会内に設置しました。幼児期においては家庭や地域における教育がことのほか大切ですが、家庭や地域の力が低下しており、それが学校教育の負担を増しているという見方もあります。そこで保護者や小・中学校の教員、幼稚園や保育園の先生などに向けて有益な情報を発信し、幼児を取り巻く教育環境を向上させたいと考えています。

 

青木
そうした取り組みに、大いに期待したいと思います。日本の教育において私がもう一つ問題視しているのは、若者の自己肯定感の低さです。

日米中韓の高校生を対象とした調査によると、「自分は価値ある人間だ」という自尊心を持つ生徒の割合が、日本の生徒は他国の半分程度。逆に「自分はダメな人間だと思うことがある」という生徒は8割以上と突出していました。

人は自己肯定感が高まると、「価値ある自分の命を、世のため人のために用いよう」という思いが芽生え、そこから「志」が生まれると私は考えています。若者の自己肯定感が異様に低い現状は、この国の未来にとって憂慮すべき問題ではないでしょうか。

自己肯定感を高めるために大切なものは、家庭環境です。親の深い愛を受けて育った子どもは、必ず健全な自己イメージを形成します。さらに「あなたは、あなたのままで素晴らしい」と承認され、「あなたには価値がある」と励まされることで、自己肯定感は間違いなく高まります。家庭環境は、子どもの自己肯定感を育むゆりかごなのです。

 

柴橋

同感です。家庭環境についていうと、経済的に困窮している家庭や、引きこもり、児童虐待など、多様な課題があります。何らかの問題を抱えている家庭に対して、例えば手当の支給といった対処的な方法で支援しても、ごく一時的なサポートにしかなりません。

そうではなく継続的に生活の改善・向上を支援するために、専門家による支援プログラムを提供しようという取り組みを、岐阜市オリジナルでつくっていこうと構想しています。

アチーブメント・ピラミッドの目的から一貫した市政

木俣
柴橋市長はアチーブメントで研修を受講され、JPSAの会員でもあります。そうした学びが現在の職務に影響していると感じることはありますか。

 

柴橋

もちろん多くの影響を受けています。そもそも私がいま岐阜市長として職務を全うしているのは、アチーブメント・ピラミッドの概念を自分のなかに確立して、一貫性を持った生き方ができているからでしょう。私が人生の目的として定めたことは、「人々の幸せに貢献する」ということです。それを実現するために、直接的に貢献できることが市長の仕事だと考えて、私はいまの立場を目指しました。

初めての選挙では残念ながら落選しましたが、その反省を活かして、次には当選から逆算したプランを考えて実行。手帳を徹底的に活用し、日々のスケジュールから年間スケジュールまでを立てて自分を分単位でマネジメントし、優先順位を明確化して行動し続けました。また市長になることを前提として岐阜市について徹底的に分析し、どのような施策を行うかということを当選前から考え抜きました。市の課題に対して次から次に手を打っているように言われることがありますが、私にとってそれは必然なのです。

こうしたアチーブメントでの学びを、私は若い世代の人にも積極的に発信しています。「自分は何のために生きているか」という人生の目的を持ってほしいと。現時点でまだ見つかっていなくても、それが何かを考え続けて欲しいと訴えています。自分がワクワクできること、心から喜びとして感じられることなどのなかに、人生の目的が見つけられるはずだということを語りかけています。

また、青木社長が話される「先天的特質×環境×本人の選択」という人生の方程式などについても、成人式や学校でのスピーチなどで話しますが、多くの皆さんにしっかり受けとめられているという手応えを感じます。

 

青木

先天的特質と環境という宿命は変えられませんが、自らの思考と行為の選択によって、人はいつからでもどこからでも良くなれます。そうしたメッセージを若者にはもちろん、幅広い世代の方々に発信していただきたいですね。

柴橋市長は目的が明確なので、ものごとの本質にしっかり焦点が当たり、さまざまな課題に対する事前対応や、解決の手立てにブレがありません。これは政治家にとって肝要な資質だと思います。

経営者に求める三大能力として、私は常々「判断力・リーダーシップ・実行力」を挙げていますが、これはそのまま政治家にも当てはまることです。政治家は何か問題が起こったときの対応や対処能力が必要なのはもちろんですが、それ以上にトラブルを未然に防ぐための仕組みをつくることが大切だと思っています。そのためには先に述べた三大能力が不可欠で、柴橋市長はそれらをしっかり備えていらっしゃる。

 

木俣
伺ったさまざまな施策を県庁所在地となる市で行っていくということは、他の地方自治体に対する影響も大きいと思います。柴橋市長の取り組みが、「世の光になる」と感じます。
市民に寄り添った市政に力強く取り組んでいる
市民に寄り添った市政に力強く取り組んでいる

官民一体で市を活性化しシビックプライドを育む

青木
市長に就任されてからの2年間は、まさに八面六臂の活躍をされてきましたが、さまざまな取り組みで成果を出していくには、4年間の任期ではあまりにも短い。もっと長い時間をかけて、腰を据えて取り組んでいただきたいと感じます。

 

柴橋

冒頭でも述べたように、地方自治は社会の縮図そのもの。多様な問題が日々生じ、絶えず動いています。それらすべてに対応して成果を挙げるには、確かに青木社長がおっしゃるように任期は短く、また行政の力だけでは限界があるのが実状。状況に応じて民間の力を借りることも必要だと考えています。

実際、民間企業と多方面で包括連携協定を結び、さまざまな試みを行っています。例えば、高齢者の方の移動手段を確保するために公共交通の自動運転化への取り組みにチャレンジしているほか、岐阜の農産物をPRするイベントなど、さまざまなことに取り組んでいます。「PPP/PFI」など、公民が連携して公共サービスを提供することはもちろん、ソフトの面にも積極的に取り組んでいきます。

 

青木
人や社会に貢献できる活動であれば、私は協力を惜しみません。JPSAの皆さんも、社会や国に貢献したいと思っている方ばかりなので、ぜひ力をあわせてともに取り組んでいきたいと思います。柴橋市長の活動は、まさに「天が味方する市政」であると感じています。

 

柴橋

先ほど自己肯定感の話が出ましたが、以前、岐阜市は都市としての自己肯定感が低下していた時期がありました。たとえば市の中心街である柳ケ瀬もいまではだいぶ元気になりましたが、活力が低下していた時期が長く続きました。

そうした経験から、自分たちの街に自己肯定感を持てずにいた市民が多数を占めていたのです。これはとても良くないと感じ、いまは「シビックプライド」というキーワードを発信し、地域への愛着や誇りを高める取り組みを実施。10年後の未来像を示し、それを創りだす活動に参画していただけるよう情報発信しています。柳ケ瀬にある建物をリノベーションして若い世代にビジネスを行ってもらう。2027年のリニア中央新幹線開通に向けて再開発を行う。公共施設の建築を行うなど、各種プロジェクトがすでに始動しています。

こうした活動を広く市民と共有することで、自分たちの街に愛着と誇りを持っていただきたい。またそれらと併行して住民自治基本条例を改正することで、地域のコミュニティーを立て直していこうという試みも行っています。何かの折には助け合える「ご近所づきあい」を今一度呼び起こすことで、トラブルや犯罪、災害などに強いコミュニティーをつくりたいと考えているのです。

 

青木
いつの時代もテーマは「人」
それは時代を超えた普遍的なテーマです。個がいかに幸せになれるのかというと、個同士の関わり合いの内実ではないでしょうか。それが伴ったコミュニティーが集まることでクオリティコミュニティーが形成される。そのような良質なコミュニティーが、一昔前の日本にはたくさんありました。大都市では失われつつあるコミュニティーの力が、地方にはまだまだ残っているはず。そうしたローカルの良さと、先進的な取り組みを上手く融合させることで、岐阜市独自のブランディングができると感じます。大いに期待しています。

 

木俣
政治に対する不信感がなかなか拭えないこの国にあって、柴橋市長は新しい形のリーダーシップを示そうとしています。2020年の世界的なイベント、そして2027年のリニア中央新幹線開業などをターニングポイントとして、今後岐阜市がより発展していくイメージを共有できて、私自身もワクワクしました。
このような地方自治体が、さらに増えることで、日本の活力はさらに増すことでしょう。本日はありがとうございました。

 

柴橋 正直(しばはし まさなお)
京都府京都市生まれ、大阪大学卒業。2009年8月に第45回衆議院議員総選挙で初当選を果たす。2014年に行われた岐阜市長選にて、無所属で立候補するも、僅差で破れ惜敗。その後2018年に再出馬し、過去最多7名の候補者がいるなかで、2位に2倍以上の得票差をつけ、圧倒的な支持を集めて岐阜市長に初当選する。