もう一度“世界の日本”へ。本質をとらえた「国づくり経営」とは

経済産業事務次官 安藤久佳
アチーブメント株式会社 代表取締役会長兼社長 青木 仁志
アチーブメント株式会社 顧問 木俣 佳丈

かつて世界のトップを走っていた日本企業。しかし、技術革新の大きな波が押し寄せるなか、「日本の国際競争力が低下している」と経済産業事務次官の安藤氏は指摘する。日本が再び競争力を取り戻し、世界に必要とされる国になるには何が必要なのか。アチーブメント代表の青木、顧問の木俣との対話のなかで、その答えが見えてきた。

日本企業の国際競争力が劇的に低下している

木俣

中小企業庁長官から、経済産業省事務次官になられましたが、歴史的に見ても珍しいことですね。本当におめでとうございます。そして、国家予算を編成する非常にお忙しい時期にお話できることを心からうれしく思います。

昨今、米中問題が大きくクローズアップされ、世界経済における日本のあり方を否が応でも考えさせられました。振り返ってみると、日本は世界に先駆けて官民一体となった経済政策で成長し、米中のお手本になってきた歴史とも言えます。そのリーダーシップを取ってきたのが、安藤さんが事務次官を務めておられる「経済産業省」だと認識しています。

今後は、日本経済の構造的な課題に対応する施策が必要だ、と考えておられるかと思いますが、その点について、安藤事務次官のビジョンや構想をお聞かせいただけますでしょうか。

 

安藤

まず、日本が置かれている現在地から見ていきましょう。15年前、日本企業の多くは、世界経済を牽引するほど大きな存在でした。その証拠に、世界の時価総額ランキングでは、日本企業がきら星のごとく上位を占めていました。しかし、いまやその勢力図が激変しています。IT技術の急速な進展で産業構造が大きく変わり、国際的な企業の統廃合やМ&Aを繰り返してきたアメリカや中国の巨大企業が、世界経済のトップに名を連ねています。

かつては、自動車、鉄鋼、エレクトロニクス分野のトップを走る日本企業の経営者と話をすると、それだけで世界が透けて見え、地球規模のマーケットを射程に入れることができました。ところが、いま世界経済の中心にいるのは中国です。14億人という広大なマーケットを背景に、バイドゥ、アリババ、テンセント、JDドットコムといった開発系の企業が急速に発展し、圧倒的な経済力を武器に世界へと打って出ています。かたや日本は一億人強の国内マーケット。いくら国内でしのぎを削って競争力を高めても、世界では歯が立たないのが現状です。

それだけではありません。中国のみならず、ASEAN地域で産声を上げた勢いのある企業がどんどん台頭していきます。その渦のなかにありながら、日本企業は国際的な競争力をどう高めていくのか。これがいま、私たちが直面している最大の課題です。

なかでも問われているのは、企業の現場力。個々の企業の経済状況からすると、なかなか踏み込みにくい研究開発や人材への投資をいかに促し、現場の活力を高めるかは産業界(民間サイド)だけでなく、産業政策を担う我々(行政サイド)にとっても大きな問題です。思い切った行動に出る必要があります。

 

木俣

状況は思った以上に深刻だということですね。先日、30代の若手経営者と話していたとき、「日本は世界の負け組になりつつあることを、もっと自覚すべきだ」という言葉が出てきました。自国の現状を逃げずに受け止め、負けを負けとしていさぎよく認め、ゼロからやり直す姿勢が求められていると感じました。振り返れば、戦後も「負けっぷり」の良さが幸いし、失敗からV字復興を果たせたと言えます。私たちはもう一度、オール日本で知恵を出し合う時を迎えているのかもしれません。

日本は道徳的な考え方や思想の面で、世界に新しい風を吹き込んできた実績があります。その代表例が「おもてなし」「もったいない」という哲学。これらの考え方は、いまや海外の人々の共感を呼び、世界の共通言語となっています。つまり、世界のイニシアティブを取れる風土はある、ということではないでしょうか。

 

安藤

その通りです。考え方や思想もそうですが、私は常々、現実の経済を動かしているのは我々や政策ではなく、ほかならぬ企業の皆さんだと思っています。人材に投資し、研究開発を行い、新しい製品やサービスを生み出せるのは、経営者の方々の投資判断や経営判断があるからこそです。

世界では、社会を変えるような技術革新が次々と起こり、5Gなどの次世代技術の覇権を巡って、アメリカや中国がすさまじい競争を繰り広げています。そんななかにありながら、国際社会における日本の存在感を高めるにはどうすればよいのか。おそらく、従来の枠に捕らわれた発想ではなく、それをはるかに超えたジャンプアップが必要になってくると思っています。つまりは、個々の会社からすれば投資しにくい領域に、いかに踏み込んでいってもらうのか、その誘い水となるような活動が必要になってくるとも言えるでしょう。

「課題」を「機会」にできれば、世界が日本のマーケットとなる

木俣
安藤事務次官の指摘は非常に鋭いと思います。青木社長はどう考えますか。

 

青木

人材への投資を促し、現場力を高めることが重要だというお話には、大変共感します。巨大企業がひしめくアメリカや中国などとは違い、日本の場合は、社員数が10名にも満たない規模の小さい企業が毛細血管のごとく全国に広がっています。これらの企業に、大企業にしか通用しない従来型の発想や働き方改革を取り入れても、効果は上がらないでしょう。

では、何が必要なのか。私は「誰のために、何のために働くのか」という目的意識が必要だと考えています。事務次官がおっしゃるように、リアルな経済を支えているのは企業です。その企業が現場力を高めるために不可欠なキーワードが、仕事に対する熱意です。

熱意は、一つの仕事に打ち込み、努力と自信を積み重ねることで育まれます。ところが、若手が仕事に熱意を持つ前に、働く条件にばかり焦点を当て、安易に副業を認めて別の仕事に目を向けさせてしまうなど、彼らの能力を分散させるような風潮があることを危惧しています。

 

安藤

確かにそうですね。かつて世界に名をとどろかせた松下幸之助さんや本田宗一郎さんは、小さな町工場からスタートしながら、それぞれの専門分野を極めることに大変な努力を費やした結果、大成功しています。通信機器分野で急成長した中国・ファーウェイの創業者も、来日時には一人でタクシーを拾ってあちこち飛び回るなど、非常に精力的に仕事に打ち込んでいると聞いています。アリババの創始者、ジャック・マー氏も同様です。彼は、世の中が何を求めているかを、とにかく必死に考えているそうです。

社会の課題は何か。いま何が求められているのか。肝心なのは、これを中途半端にではなく、徹底的に考え抜くことではないかと思います。少し乱暴な言い方ですが、いまや当たり前になっているIT技術は、世の中に求められていることを、これまでの生産や流通とはまったく違う次元でとらえ、具現化したからここまで広がったのだと思います。つまり、大発展する技術や企業の根幹にあるのは、「世界は何を求めているのか」という願望の追求。その願望にフィットしていなければ、どんなにテクノロジーのレベルが高かろうと成功はしません。

 

木俣
まさに「企業は何のために存在しているのか」という根本に関わるお話ですね。安藤事務次官は、日本企業は何のために存在しているとお考えでしょうか。

 

安藤

いつも申し上げているのですが、私は、日本は世界最初の「リトマス試験紙」だと考えています。日本は、人口減少、少子高齢化、過疎化といったネガティブな要因を抱えている「課題先進国」です。しかし、逆に言えば、これらを解決する商品やサービスを世界に先駆けて開発する機会に恵まれています。

現在、急激な経済発展を遂げている中国も、いずれ日本と同じように、深刻な人口減少や少子高齢化に陥ります。そのとき、日本企業が従来とは違った視点で開発した、課題解決につながる商品・サービス・仕組みを提供できたら、中国の膨大なマーケットを掌握できます。

今後の成長戦略や経済対策のなかに「高齢化対応」を組み込んでいる国は、もしかしたら日本が世界で初めてかもしれません。いま日本で起きている問題や課題を素直にとらえ、解決を図る方法を開発すれば、将来の国際社会が「求めること」とぴったり合致し、ニーズを一手に集めることができるかもしれないのです。つまり、日本企業は、将来のビッグチャンスを目前にしている状態だと言えるのです。

事業承継は誰のためにあるのか

青木
ネガティブなテーマをポジティブにとらえて問題解決していくところに、巨大マーケットがある。安藤事務次官がおっしゃりたいのはそういうことですね。まさしく、そんな視点を持つクリエイティブな経営者こそが、日本に求められています。

 

木俣
同感です。世間では経営判断にまでAIを利用する動きが広まっていますが、AIが絶対に出さないであろう答えを出し、それを実行に移す織田信長のような型破りな経営者が、もっと出てきていいと思います。
日本は、世界で勝てるだけの素地を持っています。地域活性化にしても医療にしても、日本ほど質の高いサービスを提供する国はありません。あとは、誰のために、何のためにを明確にし、目標に向けて創造的にチャレンジできるかです。

 

青木
いま話題の事業承継も、企業数を維持することだけに目を向けるのではなく、クリエイティブで熱意ある若い経営者を育てるインキュベーション的な視点が必要ではないでしょうか。

 

安藤

青木社長がおっしゃるように、私も、誰でも彼でも事業承継の恩恵を受ける対象になっていいとは考えていません。チャレンジへの強い意志を持った人こそ、事業承継のメリットを手にしてほしいと思っています。

事業承継とは、会社そのものを引き継ぐのではなく、会社や経営者が保有している「機能」をバトンタッチし、ブラッシュアップしていくことです。機能とは、製造業が受け継いできた高い技術力であったり、過疎化地域に必要なサービスを提供するようなビジネスモデルのことです。これらを人口減少や少子高齢化にどう生かせるかを、事業承継では問われています。

日本の中小企業は、最先端テクノロジー、ものづくりの技、コミュニティ支援といった、かけがえのない機能をたくさん持っています。これらの機能にさらに磨きをかけ、発展させていくきっかけが事業承継です。経営者が交代することで「変化するチャンス」を得ることが、その本当の目的なのです。

限界突破し続ける若き経営者の育成が国の未来を創る

青木
変化といえば、スポーツ界では「勝つための変化」をよく取り入れています。新しい選手を徹底的にリクルーティングし、そのなかから若くて優秀な選手を採用し、厳しい訓練を経た上で、世界の舞台で活躍させています。「人づくり」こそが、企業に変化をもたらすのではないでしょうか。

 

安藤

そうですね。事業承継をはじめ、中小企業の「人」への投資を後押しする制度づくりが欠かせないと考えています。先ほど話題に出たファーウェイですが、この企業は売上の10%を研究開発費に当て、従業員の半数を研究開発に従事させています。一方、日本のエレクトロニクス企業の研究開発費は売上の3〜4%にとどまっています。

研究開発を行うのは、ITでも先端設備でもなく、結局は「人」です。残念ながら、日本企業が研究開発投資にかける金額の割合は、世界のトップ企業に比べて格段に低い。ここを改善できる税制の検討が必要でしょう。

 

青木

「事業は人なり」という言葉に尽きますね。私はこれまで、若手人材の採用と育成に非常に力を入れてきましたが、人に投資する視点を持てない経営者は、企業の統廃合が進む国際社会のなかでは、ほかの企業に吸収され、消えてしまう気がします。

それを回避するために、人に投資できる経営者を増やすにはどうすればよいか。私は、若い経営者の起業を増やすことが最重要ではないかと思っています。20代で起業し、10年くらいは常識にとらわれずに、徹底的に限界突破する経験を積むような、若くて日本の経済発展を牽引できる経営者です。なぜなら、限界突破した数だけ、長期的・本質的・客観的な観点を育むことができ、人という資源に投資する価値を身をもって体感していくからです。

 

安藤

先ほど、事業承継は会社の機能を引き継ぐことだと言いましたが、私たちは、親族間だけで行うものだけを「事業承継」とは考えていません。赤の他人であっても、チャレンジの決意を固めた志ある若者が引き継いだってよい。そんな考えから「第三者承継」に力を入れています。

現在の日本を支えてこられたのは、間違いなく中小企業の経営者です。その偉大なバイタリティを、これまでたくさん見させていただきました。そんな皆さんであれば、課題を逆手に取る思考の転換で、世界規模の問題を解決する商品やサービスを生み出せると確信しています。母体の大きい大企業では、なかなかそうはいかないのですが、小回りの利く中小企業の皆さんなら可能です。どうか果敢にチャレンジしてください。成功モデルは、必ず世界に通用します。

私たちも「なぜ、何のために」を常に意識し、日本企業が再び世界経済を引っ張れるような制度改革を考えていきたいと思っています。

 

木俣
中小企業の経営者に勇気をもたらしてくれる素晴らしいメッセージですね。どうもありがとうございました。

 

安藤 久佳(あんどう ひさよし)
経済産業事務次官
1960年、愛知県生まれ。1983年に東京大学法学部を卒業後、通商産業省へ入省。関東経済産業局長、商務情報政策局長などを経て、2017年中小企業庁長官。軽減税率の導入や事業承継を促す施策の拡充など、数々の中小企業支援策を取りまとめた手腕が評価され、2019年に経済産業事務次官に就任。