中小企業庁 長官 前田泰宏
アチーブメント株式会社 代表取締役会長兼社長 青木仁志
アチーブメント株式会社 顧問 木俣佳丈
「日本社会における中小企業の立ち位置と役割が変わってきている」そう語る中小企業庁長官前田氏。世界の潮流が刻一刻と変わり、目まぐるしい変化が起こるなかで、中小企業は何を大切にし、何に取り組んでいくことが求められているのでしょうか。社員が惚れ込み、社会に応援され、未来永劫発展し続ける組織には何が必要なのか? アチーブメント代表の青木・顧問の木俣氏と、前田氏がその本質に迫った。
社会課題を解決する事業性のある中小企業が必要とされる時代
私が最初にお伝えしたいのは「もう大企業重視の時代ではない」ということです。日本は、大きく2つの課題を抱えています。「①少子高齢化による生産年齢人口の減少」と「②経済市場の縮小」という2つです。特に地方ではその変化が顕著に現れています。この状況でいかに地域コミュニティを維持するかが問われており、国家として世界に先駆けて取り組んでいるのが「事業性のある運営」です。
地域社会の課題を単に税金の投下によって解決していくのではなく、事業として継続させていく工夫によって民間企業が解決していくことです。分配という受動的スタンスから、創造という能動的スタンスへの移り変わりと言っても良いかも知れません。この分野で日本は、世界から注目を集めているのです。
そして、その推進の鍵を担うのが中小企業です。大企業と中小企業では、事業を形にしていくスピード感がまったく違います。大企業はある一定のスケールがないと事業化できませんが、中小企業はスケールが小さくても、フットワーク軽く対応できると思います。地域の課題に目を向けると、一見大きな課題でも、実は極めて具体的で小さな課題の集まりであることが多々あります。その小さな課題に素早く対応し、解決できるのは、大企業よりも中小企業です。それが、地域社会の再生や強化に繋がります。いまの日本にはそうした中小企業が求められていると思います。
選ばれるのは事業目的が明確で「人」に投資できる企業
「企業に所属しない」という生き方が可能になってきた現在、課題として浮かび上がるのが、大企業からの優秀な人材の流出です。報酬や待遇では限界があり、引き止められないのです。結果、行き場のない人たちだけが大企業に残り、競争力が失われていく気がしてなりません。
では、企業に優秀な人を留まらせるには、どうしたらよいか。決め手は企業が持っている哲学やビジョンへの共感・共鳴です。企業に所属することが名誉だ、という方向に切り替えないと、大企業の経営は成り立たないのですが、規模が大きければ大きいほど方針転換の難易度は高い。これが、大企業から中小企業へと構造転換が起こりつつあるバックグラウンドの一つです。ただし、構造転換があっても、五十代以上で起業するのでは遅い。
やはり若くてエネルギッシュな世代が社長となって経営を行うほうが望ましい。今回の中小企業政策では、第三者による事業承継が最大のポイントとなっていますが、そこに込められているメッセージは「20代、30代の社長を倍増できる国にする」ということ。それが中小企業の基本になってくると思います。
まったくその通りです。いま、日本には247万社の企業が存在していますが半分近くは、経営者が60代以上です。言わずとも課題は事業承継ですが、承継するにしても、これらすべての会社ではなく、良い経営者にリソースを集めたほうがいいと思います。
これまでの中小企業政策は、企業数を減らさないことにこだわってきましたが。重要なのは企業数ではなく、収益性があり、地域貢献を行える質の高い中小企業を作ること。そこに自然と良い「人」が集まっていき、活性化すると思うのです。
企業規模は大きくなくても、収益性の高い企業はたくさん存在します。例えば、長野県にある寒天メーカーの伊那食品工業は、そんなに大きな規模ではなくとも、何十年も増収増益を続けています。私は、大企業イコール優良企業だという定義が変わってきていると思います。
優良企業と評価される経営の要素が、「規模」から「スピード」に変わり、そして「質」に変わってきています。「何のために活動しているの?」という明確な事業目的を持っている、質が高い会社こそが良い会社であって、規模の大きさではないと思います。国連が提唱する持続可能な開発目標「SDGs」などは、まさに事業活動の目的や質が問われている代表例と言えます。
「情」を持って人に接する人格を持っているか
売り上げや利益といった数字だけを考えるのではなく、一人ひとりの社員が主体的に働きたいと思えるだけの求心力だと思います。そう思ってもらうためには、まず経営者が社員に尊敬されるだけの人格かどうかです。「この社長のためなら一肌脱ぎたい、恩返ししたい」と思われる経営者であれば、組織は一致団結しやすいでしょう。そして、その根底にあるのは、「ついてきてくれる社員を必ず物心ともに豊かにする」という経営者の決意に他ならないのではないでしょうか。
私は創業から32年間、毎年毎年、社員やその配偶者、お子さんの誕生日に花を贈り続けてきました。決算賞与は、全国の支社を回って一人ひとりに手渡しています。これは私なりに社員への思いやりを示したいと思ってとってきた行動です。このような一対一の目と目を合わせた交流が、社員と経営者の絆を生み出し、組織に活力を与えてくれるのだと思います。
実は最近、弊社の社員が自主的に旅館を借りて「どうしたら会社を良くできるか」を考える研修合宿を行いました。自分たちの会社を自分たちで良くするというその気持ちに、涙が出るほどの喜びを感じました。そうした主体的な社員が増えていけば、組織の発展は間違いないでしょう。
自分が心からやりたいと思うことを一生懸命やれることが、一番幸せだと思います。どうしたら社員が仕事をそのように思えるのかを、経営者は研究すべきでしょう。
その重要な要素の一つが「情」であり、社員を思う心です。
そして判断力・リーダーシップ力・実行力といった経営者としての「適正能力」です。これらが備わっていない社長がエゴで経営をするから、赤字を作り出し、周りを不幸にしてしまうのです。
「経済的合理性」から「社会的合理性」へ
私は「孤独に対する免疫」だと思います。経営者は二番手には分かり得ない孤独のなかを常に闘っています。そのなかで、どれだけ経営の目的を問い続けられるかという精神力です。決算書や財務諸表などの数字の勉強は他人に任せられても、そこだけは誰にも代替できないからです。かといって、難しく考える必要はなく、結局日常生活で他人の気持ちを思いやれる人が良い経営をしていると思います。例えば、道ばたでおばあちゃんが転んだとき、どう考えて、どう行動するかといった場面にも現れます。他人や社会への関心や、相手の気持ちになって物事を考えて得られる気付きが、事業目的への確信を作る材料になるのです。
ともかく、経営者は自問自答を繰り返し、自分の事業の意義を考える。そして見つけた答えを、自信を持って推進する。そうすれば、利益は後からついてきます。
・企業にはできない素早いアプローチで社会課題解決に取り組むこと
・自社の事業価値を誰よりも考え抜き、「縁ある人幸せにする」という信念を持って推進すること
中小企業庁 長官1964年兵庫県生まれ。 1988年東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。海外留学を経て、「電力自由化」や「電子政府プロジェクト」などを担当し、2005年1月には「ものづくり政策審議室室長」に就任する。2019年に中小企業庁長官に就任し、現在は地域経済産業グループ長を兼任しながら、中小企業の活性化に向けた変革に着手している。